Aug 01, 2026 column

ピーター・パーカーの「日常」はどこだ 『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』が描く新章

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孤独と自己制御の乱反射

スパイダーマンか、それともピーター・パーカーか。このテーマが前面に押し出されるほど、映画は前半の快活さから一転し、ほろ苦いトーンに変化していく。

かつて最愛の恋人だったMJと、かけがえのない親友だったネッドは、いまやピーターとの歴史を共有していない。一方、ふたりの過去をよく知るピーターは、以前の思いと親密さを一方的に持ち込むことができない。しかし、ひょんなことから昔の記憶を蘇らせるのではないか、どこかで自分のことを覚えているのではないかと期待してしまう。

ひとりのシーンでもピーターの孤独と責任、身体が変異する戸惑いをていねいに体現したホランドは、ゼンデイヤとの場面で、相手への愛情と期待、寂しさと切なさを身体いっぱいに宿す。かたや過去と切り離されたMJ役のゼンデイヤは、ゼロからピーターに出会う女性としての穏やかさと困惑、そして『ホームカミング』当時を思わせるひねくれぶりさえにじませた。

映画のなかで唯一無二の輝きを帯びているのは、実はスーパーヒーロー・アクションより、ホランドとゼンデイヤの成長を感じさせる芝居かもしれない。ふたりがセリフを淡々と重ねる時間は、MCU版『スパイダーマン』が重ねてきた10年という時間を否応なく映し出すものだ。

また本作では、ピーターの葛藤が、複数のキャラクターに乱反射するよう設計されている。愛する者を失った孤独は、家族を殺害されたパニッシャーや、セイディー・シンク演じるジーン・グレイ――コミック『X-MEN』の登場人物で、現在準備されているMCU版『X-MEN』への布石とみられる――と重なり、自分の能力を制御する責任とそれゆえの孤独は、ハルク/ブルース・バナーにも通じているのだ。 大勢のキャラクターと複数の主題を抱え込んだプロットゆえ、やや要素が多いふしはあるが、彼らの抱える孤独や喪失、暴力、自己制御の問題が全編に充満していることが、この映画に独特のほの暗さと切迫感を与えている。

ピーター・パーカーを取り戻すために

監督は『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)のデスティン・ダニエル・クレットン。インディーズ映画時代から、個人がトラウマや傷を受容することや、傷ついた人物がコミュニティによっていかに受け入れられるかを繰り返し描いてきたフィルムメイカーだ。

したがって、本作で描かれている傷と抑圧、そして痛みを抱えた者たちというテーマは、非常にクレットンらしいもの。『シャン・チー』でもそうだったように、彼はアクションを通して、登場人物の精神と肉体の変化をダイナミックに描き出している。

それはたとえば、スパイダーマンの爽快でスピード感あふれるスウィングや、身のこなし軽やかなアクション。ひるがえって、身体が思い通りに動かなくなる不調、己の意思を超えて肉体が動いてしまうことの恐怖、そうした現実を突きつけられたピーターの怯えである。

本作において、身体の制御を失うことは、精神や主体性に危機が訪れていることの表れだ。スパイダーマンとしての肉体が不安定になるピーターも、黒幕に乗り移られた人々の奇怪な動きも。だからこそピーターは、自分が捨てようとしていた過去を、自分自身を、他者とのつながりを――すでに壊れかけているそれらをつなぎ合わせ、受け入れ直す必要がある。さもなくば、彼は本当の意味で成熟し、新しい日常(ブランド・ニュー・デイ)を歩み出すことができない。

本作がMCU版『スパイダーマン』として初めてストリートレベルの物語になったのは、この意味でも必然がある。今のピーター・パーカーは、異国の地でも宇宙でもマルチバースでもなく、自分自身と向き合い、最も近いコミュニティに回帰しなければならないからだ。 映画のラストシーンでは、トム・ホランド演じるピーター・パーカーと、ある人物の見せるほんのささやかなアクションが、その統合と回帰を象徴することになる。シリーズの歴史と、積み重ねてきた物語の豊穣さを感じる一瞬だ。

文 / 稲垣貴俊

作品情報
映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の出来事から4年、大人になったピーター・パーカーは、自分のことが忘れ去られたニューヨークで、スパイダーマンとして街を守り、犯罪と戦う日々に全力を尽くしている。人々のスパイダーマンへの期待が高まるなか、そのプレッシャーが自分の存在そのものを脅かし、命に関わる驚くべき身体的変異を引き起こす。同時に、街では不可解な犯罪が頻発する事態が発生。“親愛なる隣人”に、かつて直面したことのない大きな脅威が迫っていた。

監督:デスティン・ダニエル・クレットン

出演:トム・ホランド、ゼンデイヤ、セイディー・シンク、ジェイコブ・バタロン、ジョン・バーンサル、トラメル・ティルマン、マイケル・マンド、マーク・ラファロ

配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

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公式サイト spiderman-movie.jp