Jan 07, 2020 interview

初期にはホラー寄りの構想も!?『パラサイト』舞台裏をポン・ジュノ×ソン・ガンホが語る

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以前は15テイク撮ったことも/北朝鮮の“ギャグ”

――ポン・ジュノ監督の現場は撮るスピードが速そうですね。

ガンホ そうかもしれません。隙間なく撮っていく感じです。ただ、1回でオーケーが出るというわけではなくて、しつこい時は何度もテイクを重ねることもありますよね?

ジュノ それで思い出すのは『殺人の追憶』の撮影です。基本的に10テイク以上は撮ってました。15テイクくらい撮ったシーンもあります(笑)。まだ監督デビューして2作目ということもあり、多くのパターンを求めていたのでしょう。『パラサイト』ではテイク数がずいぶん減りましたね。だいたい4テイクとか5テイク。多くても6か7くらい。『殺人の追憶』では、かなり俳優さんたちを疲れさせてしまいました(笑)。

ガンホ でもそれを、私たちも楽しんでましたよ(笑)。いろいろ演技を試すことができたし、たくさん撮ったなかから何が選ばれるのか。そこがおもしろかったんです。

――『パラサイト』には北朝鮮についての危険な笑いのネタも登場しますが、そのあたりはセンシティブに気を遣ったりする必要はなかったのですか?

ジュノ 今回は明白なギャグとして描いています。たしかにちょっと突拍子もないシーンに見えるかもしれません。アメリカや日本では、北朝鮮といえばミサイルというイメージがあって、やや深刻にとらえられる傾向があります。逆に韓国では、北朝鮮の話し方がコメディの題材になってたりして、韓国の観客に対してはまったく心配する必要がないんですよ。

人生を変えた映画と巨匠、名優

――今回の『パラサイト』に関係なく、監督や俳優になったあなたたちにとって、人生を大きく変えた作品を教えてください。まずポン・ジュノ監督からお願いします。

ジュノ たしか9歳のころだったと思いますが、フランス映画で、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の『恐怖の報酬』(53年)を観ました。ニトログリセリンを運搬するイヴ・モンタンを観ながら、背筋が凍り、五臓六腑が縮こまるようなサスペンスに圧倒されたんです。家のテレビで観たのですが、すべてのシーンを観逃したくなかったので、トイレに行くのを我慢したほど(笑)。「いったいこれを作ったのは、どんな人なのだろう」と考えた記憶がありますね。

――9歳で『恐怖の報酬』に夢中になるなんて、早熟ですね。

ジュノ それだけじゃないです。韓国では夏になるとテレビでホラー映画特集をやっていて、よくヒッチコックの作品が放映されていました。やはり9歳のころに『サイコ』(60年)を観て、初めて“監督”という仕事を意識したのです。ヒッチコック作品は、監督の名前が大きく画面に出てきますからね。「この人は誰なんだ?」「どうやってこの映画を作ったのか?」「どうしてヒッチコックの作品は、いくつもテレビで放映されるのだろう」と、子ども心にさまざまな好奇心がふくらみました。

――ソン・ガンホさんは、いかがですか?

ガンホ 私はとにかくスティーヴ・マックイーンが大好きでした。テレビで放映された『パピヨン』(73年)を何度も観て、俳優の魅力について考えたのを覚えています。当時、自分が俳優になろうとは思っていませんでしたが、その魅力やロマンを初めて知らしめてくれた人がマックイーンです。ほかにも『大脱走』(63年)とか、彼の作品には夢中になりましたね。