Jun 26, 2022 column

『ベイビー・ブローカー』は「生きる」ことの全的な肯定に向かう旅

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「棄てられた子供(たち)」という主題

是枝裕和はキャリアの初期から「家族」や「子供」、生活の困難をモチーフとして取り上げることが多く、その救済をテーマとして真摯に探ってきた監督だ。映画監督としてデビューする前、テレビマンユニオンに在籍しながらテレビドキュメンタリーを撮っていた頃からそうである。フジテレビのドキュメンタリー番組「NONFIX」の中で手掛けた伝説の傑作たち――『しかし…福祉切り捨ての時代に』(1991年)では生活保護打ち切りの問題を扱い、『もう一つの教育〜伊那小学校春組の記録〜』(1991年)では長野県の小学校に3年間密着して児童教育の理想を考察した。

宮本輝の小説を原作とした長編映画デビュー作の『幻の光』(1995年)では、子供の頃から家族にまつわる喪失が続き、今また夫を自殺で失った女性・ゆみ子(江角マキコ)の心の彷徨が見つめられる。『DISTANCE』(2001年)はオウム真理教の事件に触発されたもので、無差別大量殺人事件を起こしたカルト教団の加害者側の家族たちの姿が描かれる。疑似家族的な共同体の吸引力とその危うさを通し、「家族」という従来の枠組みの危機――そろそろ血縁を柱とした固定的な共同幻想を超え、制度や意識の再構成や再定義が必要ではないのか、というような問題提起の視座(あるいはその萌芽)が見られた。

こういった問いかけの連鎖が最初に大きく結晶したマスターピース――それが、2004年に当時14歳の柳楽優弥が第57回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で最優秀男優賞を受賞した『誰も知らない』になるだろう。1988年に発覚した巣鴨子供置き去り事件をモデルにした本作で、是枝監督はネグレクト――「棄てられた子供(たち)」という主題に真正面から取り組んだ。そしてこの2022年、再び「棄てられた子供(たち)」について、また新しい視点で描く是枝監督の最新作が登場した。韓国の精鋭キャスト・スタッフたちを集結して国際的な最強チームを組み、韓国映画として撮り上げた『ベイビー・ブローカー』だ。

『ベイビー・ブローカー』は「生きる」ことの全的な肯定に向かう旅

是枝裕和フィルモグラフィーのひとつの集大成

奇しくも主演のソン・ガンホが、かつての柳楽と同じ賞――今年5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭において最優秀男優賞を獲得。ひとつのサイクル(円環)を感じさせる象徴的な受賞だが、もちろん両作をまたぐ18年の間には、同じくカンヌ国際映画祭で第66回の審査員賞を受賞した『そして父になる』(2013年)、第71回の最高賞に当たるパルム・ドールに輝いた『万引き家族』(2018年)といった重要な成果もある。これら近作に連なる3部作の様相も強い『ベイビー・ブローカー』は、まさしく是枝フィルモグラフィーのひとつの集大成ということができると思う。

本作の物語は韓国・釜山の激しい土砂降りの夜から始まる。『万引き家族』や、あるいはソン・ガンホが主演したカンヌ&アカデミー賞制覇に輝く『パラサイト 半地下の家族』(2019年/監督:ポン・ジュノ)でも印象的だった大雨のシーン。低い土地に水がかなり溜まっていて、上方には教会の十字架が見える。そんな中、幼さすら残す若い女性ソヨン(イ・ジウン)が階段や坂をのぼって、「ベイビー・ボックス(赤ちゃんポスト)」と呼ばれるボックスの外側に、産んだばかりの自分の子供を置いていく。雨に濡れた冷たい地面の上で、これでは赤ちゃんの命も危ない。いかにも未熟な判断だが、その光景を車の中から見ていた張り込み中の刑事スジン(ペ・ドゥナ)が、「捨てるなら産むなよ」と吐き捨てるようにつぶやく。

このベイビー・ボックスとは、予期せぬ妊娠や貧困など、様々な事情で育てることが困難な赤ちゃんを匿名で預け入れることのできる窓口。最初に開設したのはドイツで、主にキリスト教カトリック妊婦支援団体の活動により広まっていった。日本では2007年に熊本市西区の慈恵病院が「こうのとりのゆりかご」を開設。2013年には同病院の実話をもとにしたTBSのテレビドラマ『こうのとりのゆりかご~「赤ちゃんポスト」の6年間と救われた92の命の未来~』(監督:金子文紀、脚本:松本美弥子)が放映された。主演は薬師丸ひろ子。そして『万引き家族』のヒロインを務めた安藤サクラが看護師役のひとりとして出演。2013年文化庁芸術祭賞テレビ・ドラマ部門優秀賞を受賞している。

『ベイビー・ブローカー』は「生きる」ことの全的な肯定に向かう旅