Nov 07, 2026 interview

三島有紀子 監督が語る 松岡茉優と成田凌が体現した、想像を超えるふたりの時間 映画『男ともだち』

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京都に暮らすイラストレーター、神名(かんな)。30歳を目前にした彼女は人生に静かな行き詰まりを感じていた。絵本で賞を獲り脚光を浴びたのは何年も前。最近は無茶なクライアントワークに神経をすり減らし、惰性や不毛な恋愛に逃げる日々を送っている。昔から自分勝手で人間関係に不器用なのは自覚している神名だったが、出会った頃からなぜか深く自分を理解してくれる“男ともだち”ハセオからの思いがけない電話をきっかけに、7年ぶりに再会。甘く、苦く、ひりひりとした二人の時間が動き出す。京都、富山、広島――あの頃も今も変わらない温度で接してくれるハセオと過ごす“3つの夜”が、神名の人生を大きく変えていく。

原作は千早 茜のロングセラー小説『男ともだち』。人生に行き詰まるイラストレーター・神名を松岡茉優、その“男ともだち”・ハセオに成田 凌を迎え、国内外で高い評価を得る三島有紀子監督によって唯一無二の映画が誕生した。また、本作中に登場する絵画の制作・提供・指導を画家の田中千智が担当する。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』。今回は、『男ともだち』の三島有紀子監督に、本作品や映画への思いなどを伺いました。

“神の見えざる手” によって導かれた映画化の流れ

池ノ辺 今回は京都でも撮影されています。京都はいいですよね、二人が住んでいたようなところは私も住みたいなと思ったくらいです。

三島 ええ、私は東映京都撮影所で監督として、また助監督としても、映画を学ばせていただいていたので、京都にも住んでいました。

池ノ辺 本作は、原作となる千早茜さんの同名の小説がありますが、映画化しようと監督からオファーしたのかと思ったら、プロデューサーがこの小説を気に入ったことがきっかけだったそうですね。プロデューサーから「一緒にやろう」という流れだったんですか。

三島 それが同時みたいな感じなんです。私は以前『Red』(2020)という映画を、原作者の島本理生さんと一緒に作ったんですが、その島本さんがこの小説「男ともだち」をすごく好きだとおっしゃっていたんです。「彼女がそんなに好きだったら自分にも何か通じるものがあるだろう」と、読んだのが最初でした。実際読んでみると、もちろん “男ともだち” という存在は、自分にもそういう存在がいましたから、それはそれで興味をもてたことも大きかったんですが、何より、主人公の神名自身が、コントロールできない孤独や幼き頃からの傷も抱えもがきながらも生きている姿が心に残ったんです。そして、これはコロナ禍にあったということも大きいと思うんですが、そういうすべてを糧にして前に進んでいく姿が、自分に力をくれて、その姿がとても美しいと思った時に、神名とハセオのこの時間を一緒に旅するような、そんな映画ができたらいいなと考えていたんです。



池ノ辺 最初に読んだ時に、すでにそんな思いがあったんですね。

三島 そうです。そこに、プロデューサーの杉本雄介さんからご連絡をいただいて、「一緒に映画にしませんか」と言われて、もう、こんなことってあるんだろうか‥‥運命というか、 “神の見えざる手” に導かれるってこういうことなんだと。

池ノ辺 それは運命ですね。すぐにOKしたんですか。

三島 もちろん作りたいと思いましたが、もう少しいろんなプランを考えてからの方がいいだろうと、そこはグッと抑えて、原作を3回読み直しました。ハセオと神名のふたりの時間を、文章で描かれたふたりの感情をどう映像として可視化するか、ふたりの距離感や気持ちを映像としてどう構築し直すことができるか、そういうところを毎回問いながら読みました。その中で自分が好きなセリフや場面などのエッセンスを拾い集めるようなかたちで3回読んで、やはり映画にしたいと思ったんです。それで「ご一緒に作りたいです」とご連絡しました。

池ノ辺 プロデューサーから話が来てからそこに至るまでに、どれくらいの時間だったんですか?

三島 1カ月ぐらいだったかと思います。もともと私は、本を読む時に自分が映画にしようと思って読み始めるわけではないんです。でも、魅力的な登場人物というのは勝手に動き出すんです。この小説はまさに、読み進めていくうちに、その人物が、本の中には書かれていないことでも勝手に動いて、こんな会話をしているのかな、こんな生活をしているのかなと、想像をかき立ててくれる、どんどん広がっていく小説でした。そんなことも、自分が映画化すべき作品だと思った決め手になったと思います。

池ノ辺 まさに天から降りてくるような作品だったんですね。

三島 そうなんです。本当に導かれる感じが大きかったです。企画の始まりの経緯もそうですし、撮影中もそうでした。お天気にも恵まれましたし、ロケハンの時もそうでした。もちろん私自身が京都に暮らしたことがあるというのもあるとは思うんですが、蹴上やラーメン屋に行った時なども、ふたりがどんな距離感で、どんなふうに動くのか、そういうものがまざまざと見える気がしたんです。まさに、神の見えざる手が私の肉体を使ってこの映画を作っているんじゃないか、そんな感覚に近かったのかもしれません。