死ぬことと生きること、幻想と現実の狭間を表現する
池ノ辺 この作品は「生きること、死ぬこと」というのがテーマになっていて、原作はもちろん、監督も映画の中で表現しようとしていたと思います。非常に難しいテーマだとは思うんですが、そのあたり監督としてはどう咀嚼してどう伝えようと思っていたんですか。
酒井 これは佐倉くんと花森さんが劇中でお話ししていたことでもあるんですが、過去は変えられないので、「今をどう生きるのか」というところに向き合っている物語だと思うんです。今に向き合うということは、今ある状況を受け入れながら、優しく包み込みながら、それでも前を向くという、そういう優しさと強さがあると思うので、それが映画に匂い立つといいなと思っていました。
池ノ辺 匂い立っていました。物語の設定では、亡くなった人が成仏するためのアルバイトとして“時給三〇〇円”で働くということですが、この世界に生きている人と亡くなった人が、同時に出てくる。どうやって表現するんだろうと思ったんですが、見事に表現されてました。

酒井 幻想と現実の狭間というのは常に意識していました。死神のアルバイトという話なんですが、その奇跡のようなものは実は日常にはたくさんあると思っています。そして世界というのはそれぞれの人から見た世界、それぞれの人が感じている世界であって、それは他の人にはわからない。今回でいえば、佐倉くんから見た世界と花森さんから見た世界というのは当然違うわけですが、それぞれの世界がこうなんじゃないかと、あるいはそれぞれの心情表現としてファンタジックで幻想的な映像表現を使っています。
池ノ辺 それがとても綺麗なんですよね。あと、周りの人と関わりを持つところで生きている人たちが一瞬止まるじゃないですか。あれって映像で止めたんじゃなくて役者さん本人が止まっていると聞いたんですけど。
酒井 はい、本当に止まってます。
池ノ辺 見事でしたよね (笑)。
酒井 お母さん役の竹島由夏さんが、もう瞬きもせずに、脚本に書いてある「止まる」というのを表現してくださいました。
池ノ辺 その狭間での幻想的な表現と、現実世界のちょっとアナログ的な感じがうまく溶け合っていて、それがすごくいいなあと思いました。
酒井 ありがとうございます。自然にあるものって、風とか木とか空や海の移り変わりとか、それがあることがすでに幻想的だとも思うんです。空も毎日、毎秒違う色をしているし、雲の形も違う。そういう自然というものがそもそも幻想と現実の狭間にあるような気がするんですよね。その自然と物語の融合性というものが、この作品の表現の仕方としての、一つのキーポイントなんじゃないかなとは思っています。
池ノ辺 監督は日常でもそうやって周りを見ているんだろうなと思いました。風が吹いてきたなとかいい匂いがしてきたなとか、雨が降ってきたとか。そんなふうに自然を見て感じて、自分の中の表現をどう深めていこうかといつも考えているんだろうなと。
酒井 確かにそうかもしれません。





