Aug 27, 2026 interview

中野量太 監督が語る 10年ぶりの完全オリジナル脚本で挑む“罪と赦し” 『私はあなたを知らない、』

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天涯孤独の身である西山夕平は、粛々と働き、たった一人のその環境を寂しいとも感じずに生きてきた。職場にやってきた新しいパート職員・紗月と出会うまでは。彼女と出会い、生きる喜びを得て夕平の毎日は輝いていった。ある日、紗月から自分の5歳の娘・朝子を紹介される。紗月と朝子との生活で、これまで知らなかった“家族”という幸せの形に触れ、夕平は心を開放していくが‥‥。決して許されない罪をどう償うか、そして赦すことができるのか。感動のヒューマンサスペンスが誕生した。

日本アカデミー賞ほか数々の映画賞を席巻した『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)の中野量太監督が、10年ぶりに完全オリジナル脚本で挑んだ映画『私はあなたを知らない、』。愛する人を殺めてしまうという重い罪を犯した孤独な青年と、彼に母を奪われた娘が13年の時を経て対峙する本作は、“家族”をテーマに作品を撮り続けてきた中野監督の圧巻の新境地である。主人公・西山夕平を演じるのは、日本のみならずグローバルに活躍を続ける俳優・坂口健太郎。さらに原田美枝子ら実力派の俳優陣が脇を固める。の傑作を誕生させた。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『私はあなたを知らない、』の中野量太監督に、本作や映画への思いなどを伺いました。

「赦しとは何か」に答えはないけれど

池ノ辺 今回の作品『私はあなたを知らない、』は、脚本から監督のオリジナルですよね。最初のきっかけはニュース記事を見たことだったそうですが。

中野 そうです。ネットの記事だったと思うんですけど、家族の愛情に飢えていた一人の青年が、小さな娘のいるシングルマザーと出会って、一緒に暮らすようになり、「パパ」と呼んでもらえるようになって初めて家族の温かさを感じるわけです。でもその女性と別れることになった。ところが彼は一度味わった家族の温もりが手放せなくて復縁を迫って、結局最後には彼女を殺めてしまうんです。それを読んだ時、彼のその家族を求める感覚っていうのはすごくわかると思ったんですね。

池ノ辺 いつ頃の記事なんですか。

中野 7、8年くらい前ですかね。それでこれを映画の題材にしたいと思ったんですけど、その時の僕には、人を殺めるというシーンが描けなかった。それに、映画にするとなったら、じゃあ、なぜ彼は人を殺めなければならなくなったのか、そういうところにも入り込みたい、というのでその時はまだ自分には難しすぎて映画にできなかったんです。それで別の映画を撮ったりしていて、次に何をやろうかとなったときに、もう一度挑戦したくなったんです。今ならその題材を自分の中で深く掘り下げてできるんじゃないか、そう思って取り組み始めたのが5年ほど前です。

池ノ辺 もう一度やってみようと思ったきっかけは何だったんですか。

中野 もちろん新しいことをやりたいというのもありました。それと、世界中で簡単に人が殺される、そんなニュースが毎日のように報道されていることにもう嫌気がさしていて、じゃあ僕に何ができるんだろうと思ったんです。そんなに大仰なことはできない。でも、一人の人が殺められることで、その周りの人たちの人生がどれほど変わってしまうのか、ということをとことん丁寧に描く、それを映画として世に出す作品にする、それが僕が作家としてできることなんじゃないか、そう思ったのは大きかったです。

池ノ辺 本作を観て思ったのは、みんながいい人。だから、監督がこの作品を撮ることにずいぶん葛藤があったんじゃないかと思いました。

中野 みんな全てがいい人じゃないんですよ。人のいい部分に興味を持って描いているからそう見えてるだけで。この題材に挑戦しようとなったものの、脚本の時からやっぱり難しかったです。人を殺めるということもそうだし、「赦し」ってなんだろうと考えた時も、悩んで、自分でもわからなくなっちゃって、途中でプロデューサーに「人を殺さない話に変えませんか」って言ったくらい  (笑) 。でも考えてみたら、これまで僕は家族についてずっと描いてきたわけですが、「家族とは何か」って答えなんかないですよ。それぞれ家族によって違う。今回の「赦し」も、やっぱりそれぞれで違うし、そもそも赦すことが絶対的な正解だとも思わない。人によっては赦さないことが生きる力になっているかもしれない。はっきりした答えなんてないんだと思ったんです。

池ノ辺 そういう葛藤があったんですね。

中野 夕平は13年罪を償ってきた。では夕平は赦されたのかというとそうじゃない、罪は償ったけれど、たぶん一生赦されることはない。彼自身もそう思っていると思います。それでも夕平は生きることを選んだ。いろんなものをいっぱい背負いながらも一生懸命生きるという姿を僕は描けばいい、そこに僕の映画としての価値があるんじゃないかと思いました。母を殺された朝子、彼女が夕平を100%赦したかというとそうじゃないと思います。でも人を恨みながら生きるのってやっぱり苦しい。彼女もそれを背負いながら懸命に生きることを選んだ。結局「赦しとは何か」の答えなんて出ないけれど、背負いながらもふたりとも生きることを選んだんだということを、僕はきちんと描こうと、それがあの結末でした。

池ノ辺 その選択が、タイトルの最後の「、」なんでしょうか。

中野 そうですね。ふたりとも、この言葉の後に、言わないけれど本当は心に持っている思いがあるはずで。

池ノ辺 「。」ではなかったんですよね。

中野 終わるんじゃなくて続きがあるんですよ。ふたりの続きの言葉があり、続きの人生があるんだ、そういう希望を含んだ「、」ですね。