初見の観客は面食らうだろうが、『バックルームズ』はクラークが件の空間に足を踏み入れるまでに少々時間がかかる。観客が期待するであろう展開にすぐ持ち込まないアプローチは一見悪手のように思えるが、ここでしっかりと布石を打っておくことで、“入ってから”の展開に「考察しながら体感する」能動的な楽しみが加わるのだ。要は、瞬間的に楽しいアトラクション=体感型映画だけではなく、観終えた後も後味が続く考察型映画としての噛み応えももたらせているということ。それを成立させるキャスティングも秀逸で、『それでも夜は明ける』のイジョフォー、『わたしは最悪。』『センチメンタル・バリュー』のレインスヴェといった実力者を揃えたことで、クラークとメアリーがそれぞれに抱える「家族に対するトラウマ」「家に対する執着」といった部分を説明しすぎずに観客に想像させる絶妙なバランスを保持している。

冒頭の主観映像も含めて、観客に本筋に入るまでの準備体操を促す上手さの効いた『バックルームズ』。それを強化するのは、全編にわたる「行動の自然さ」×「状況の不自然さ」の融合だ。まずは時代設定。劇中に登場する防犯カメラの数字を見る限り1990年代であり、スマホも無ければネットがまだ一般家庭に浸透しきっていない時代であるがゆえに「簡単に外部に連絡を取れない」必然性が生まれる。いまだったらこんな空間を見つけたらすぐSNSに投稿しそうなものだが、クラークは従業員やメアリーぐらいにしかその存在を明かさず、そこに「この時代だったらそうだよね」とすんなり受け入れられる“理由”が用意されている。そもそもビデオカメラを所持していないため記録を残せない――という部分も上手く、ぎりぎりアナログの時代であるがゆえの縛りが物語の面白さに貢献しているのだ。そして、俳優陣の演技とも結びつく自然な行動。例えばクラークはちゃんと元の空間に戻れるかを確認してから奥へと進んでゆくし、一人では先に進めないと判断したから従業員に「探索に付き合ってほしい」と声をかけるし、メアリーや他者に信じてもらうために“戦利品”を持ち帰る。「こんな状況に置かれたら自分ならこう行動する」と観客が想像する部分を無視せず、あくまでリアリティベースで組み立てる意識が前提にあり、そのためクラークがこの空間にとらわれて徐々に常軌を逸していく過程に怖さが宿る。そのタイミングで主人公のポジションがメアリーに移行し、レインスヴェの恐怖顔で引き立てる演出も秀逸だ。何を謎として残し、何を観客に提示するかといった取捨選択も含めて、全てが緻密な計算の元で構成された悪夢――『バックルームズ』はワンアイデアに依存することなく、あらゆる面で強度の高い内容に仕上がっている。
なお、今回はあえてバックルームズの中で起こることについては言及しなかったが、本作で非常に象徴的かつ的確なセリフを紹介しておこう。「犬を知らない人に特徴だけ伝えて描かせたみたい」だ。その言葉を携えて、独特の不気味さをたたえた話題作『バックルームズ』を劇場で堪能いただきたい。
文 / SYO

ある日、自らの店の地下から異次元へと迷い込んでしまった男・クラーク。ルールすら存在しない不条理な世界で、彼は怪異に直面していく。なぜ、この空間は存在するのか。そして、ここで一体何が起きているのか‥‥。
監督:ケイン・パーソンズ
出演:キウェテル・イジョフォー、レナーテ・レインスヴェ、マーク・デュプラス、フィン・ベネット他
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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2026年9月4日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
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