Jul 05, 2022 column

映画『哭悲/THE SADNESS』からみるホラー映画の過去と現在

A A
SHARE

「史上最も狂暴で邪悪」、「悪意と苦しみの底なし沼」、「地獄があるとしたら、この映画のことだ」、「二度と見たくない傑作」と評された『哭悲/THE SADNESS』が7月1日公開された。
ウィルス感染により、民衆が暴徒化した台湾を舞台に、1組の男女が再会を果たそうとする様を、徹底したゴア描写を交えて描く本作。思わず目を背けたくなる惨劇が連続して起こる容赦のないエクストリーム・ホラーとして公開前から話題をさらっていた。
注目度の高い本作で、長編初作品となったロブ・ジャバズ監督のインタビューを交えながら、いまだからこそ、改めてホラー映画について、そのジャンルの魅力を探っていきたい。

原点回帰した得体のしれない怖さ

夏といえばホラーだ。夏休みになれば肝試しをしたり、お化け屋敷に行ったりといった思い出が誰しもあるだろう。これが夏の風物詩、だった。現在の状況下では、接触を避けるため、お化け屋敷はドライブインやオンラインと姿を変えていたりする。では映画はどうだ? この2022年は、注目すべきホラー映画が多く公開を予定している。中でも、映画『哭悲/THE SADNESS』は公開前からニュース記事が出るたびに注目を集めていた。本作は、かつて、ホラー映画が隆盛を極めた70〜80年代スプラッターのような雰囲気がある。

本作の舞台は現代の台湾。突如、蔓延したウィルスによって、街の至るところで、人々は凶暴性を助長され残虐行為に走る。そんな状況下で一組のカップルが再会を果たすまでを描く。この設定を聞けば、今現在を映した映画だ、ということが容易に分かるだろう。監督のロブ・ジャバズもインタビューでこう答えている。

「今作を制作することになったきっかけは、コロナウイルスの流行です」

「どんな内容の映画にするか、パンデミックを描くしかない、と決まりました。そのとき、観客が最も知りたい内容だという確信がありました」

描かれたのは理性のリミッターが外れ、本能むき出しの暴徒が街に溢れるパンデミック。地下鉄で隣の人を刺殺し、体にかぶりつき、服を引き裂き犯す。感染が広がり陰性者を追いかけ回す‥‥。どこか閉塞感を拭いきれない実社会に重ねて、もし鬱憤を爆発させる人が同時多発的に発生したら‥‥と考えると恐ろしい。

評判どおりの徹底されたゴア表現、確かにそうだ。スクリーンには、切り落とされた指先、油に溶ける顔面、道路にぶちまけられた臓物、たくさんの残酷描写が映し出される。

しかし、このグロ描写、いい意味でチープだ。指先を感染者が食べるシーンがあるが、汚れたウィンナーに見えなくもない。地下鉄の大虐殺も血飛沫が吹き上がり、みんなが血みどろになるのだが、どこかジュースのような色合いだ。低予算で制作できるホラー映画ならでは、といった感じで、往年の名作ホラーを観たような懐かしさを覚える。

本作は、いわゆるゾンビもの。『バイオハザード』(02)、『28日後…』(02)など2000年代から始まった、ウィルス感染によって凶暴化し、全力ダッシュするゾンビの流れをくむ。『哭悲/THE SADNESS』の場合、ウィルス感染者は、会話もするし感情がある。というか根源的な欲望に突き動かされているから、なんかヤバい。

特に印象的なのは、感染者の黒い瞳だ。ウィルス感染すると瞳全体が真っ黒に変化する。いわゆる瞳孔が開いたヤバい感じ、そのアレだ。想像してみよう、ある日、周りの人が何を考えているか分からなくなったことを。そして、多数の一般市民から殺意を突然向けられる恐怖を。自分以外の人々に、感情はあるらしいけれど、それが見えてこない。例え、相手が恋人や家族だとしてもだ。パンデミックでは、この得体のしれさなさが残虐描写よりも怖い。