Mar 29, 2024 column

『オッペンハイマー』クリストファー・ノーランの歴史から見る集大成

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『ダークナイト』3部作や『インセプション』(2010)、『TENET テネット』(2020)など数々の名作・話題作で知られるクリストファー・ノーラン。12本目の長編監督作『オッペンハイマー』は、「原子爆弾の父」と呼ばれた理論物理学者J・ロバート・オッペンハイマーの半生を描いた伝記映画だ。

DCコミックスの人気ヒーロー・バットマンをはじめ、既存作品の映画化やリメイクにも取り組んできたノーランは、「SF」「アクション」「サスペンス」といったジャンル映画にこだわってきた。そんな彼にとって、実在の人物を映画化するのは今回が初めて。『ダンケルク』(2017)で戦争映画に挑んだノーランが、第二次世界大戦の時代に再び取り組んだ1本でもある。

主演はノーラン作品の常連者、キリアン・マーフィー。共演者にはエミリー・ブラントやマット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピューほか現在の映画界を代表する顔ぶれがそろった。そんな本作が、ノーランにとって過去最大の勝負作であり、キャリアのターニングポイントとなることは明らかだった。そして実際に蓋を開けてみれば、『オッペンハイマー』はノーランの歴史を凝縮した、まぎれもない集大成だったのである。

『オッペンハイマー』の歴史背景

第二次世界大戦が終結したあとの1954年。物語は、アメリカ原子力委員会による理論物理学者J・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の聴聞会から幕を開ける。ソビエト連邦との冷戦が激化していた当時、アメリカ国内では共産主義者を激しく弾圧する「赤狩り」の嵐が吹き荒れていた。親族や友人たちに共産主義者が多かったゆえに、オッペンハイマーはソ連のスパイではないかと疑われたのである。

戦時中、オッペンハイマーは原子爆弾の開発・製造を目的とする極秘プロジェクト「マンハッタン計画」を主導。第二次世界大戦に参戦したアメリカは、ナチス・ドイツの原爆開発を懸念し、一刻も早く核兵器を開発しようとしていた。陸軍将校レズリー・グローヴス(マット・デイモン)のもと、オッペンハイマーは研究と開発に取り組み、1945年7月には人類史上初の核実験となった「トリニティ実験」を成功させている。そして翌8月、日本の広島・長崎に2発の原子爆弾が投下された。

ところが終戦の立役者であったオッペンハイマーは、戦後に態度を一変させ、水素爆弾の開発に反対したことで立場を危うくする。スパイ疑惑のために原子爆弾に関連する機密保持許可(セキュティ・クリアランス)を剥奪され、厳しい質疑を受けるのだ。聴聞会の中で、彼は自らの学生時代からマンハッタン計画やトリニティ実験の経緯、さらにはプライベートさえも暴かれてゆく。