Jul 14, 2017

インタビュー399

糸井重里、大根監督、セカオザ、堀江貴文らが絶賛する燃え殻とは、一体、何者なのか?

ツイッターで約9万人ものフォロワーを持つ、燃え殻さん(43)。都内で働く一般人でありながら、仕事の休憩時間に綴った“140字”のつぶやきが多くの人の心を掴み、昨年はウェブサイト『cakes(ケイクス)』で初めて執筆した小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』の連載がスタート。この小説が大きな反響を呼び、先月末には待望の書籍化がリリースされると、書店で品切れが相次ぎ、発売3日後には重版が決定。既に現在、累計2万8000部を売り上げるベストセラーになっている。
いまも記憶から消せない元カノのフェイスブックに「友達申請」を誤送信してしまった「僕」の物語に、糸井重里をはじめ、小沢一敬や堀江貴文らといった著名人が、次々と“大人泣き”する現象が広がっている。しかし、意外にも、ご本人は「小説を書くなんて、まったく思ってもみなかった」という。一体どういうことなのか、燃え殻さんにじっくりと話を聞きました。

 

──処女作を書かれたきっかけを教えてください。

友人で作家の樋口毅宏さんと飲んでいる時に、突然、「ツイッターのつぶやきが面白いから、長いものを書いたらいいよ」と言われたことがきっかけです。僕はもともと小説自体をそんなに読む方ではなかったのですが、樋口さんの「さらば雑司ヶ谷」がすごく面白くて、樋口さんという人間も大好きで。その樋口さんから言われたので「樋口さんをがっかりさせたくない」という一心で書いてみることにしました。

──それまで「小説を書きたい」というモチベーションは一切なかったのですか?

全くなかったですし、「これを書きたい」という習作やアイディアも全くなかったので、樋口さんに言われて、だんだん自分の中で固まってきた感じです。

──樋口さんというプロデューサーの存在は大きかったのですね。樋口さんは、なぜ燃え殻さんの背中をそこまで押したのだと思いますか?

ひとつ言えるのは、その時、ものすごく酔っ払っていたからだと思います(笑)。「お前、(小説)書けるだろう」、「いえ、書けません」「いや、書けるだろう」、「書けません」、「じゃあ、俺の担当編集者を呼ぶから」という流れで、本当にその場で自分の担当編集者を呼んで紹介されたのが、すべてのはじまりです。改めて思うけど、あの時、樋口さんは本当に酔っていたんですよね。

──燃え殻さんもその編集担当者も、いきなり呼ばれて「小説を書け」なんて、正直、かなり困惑されたのではないですか。

彼は本当に困っていたと思います。急に呼びつけられて「まったく無名の、小説を書いたこともない奴に、いったい何を書かせれば、樋口さんに怒られないで済むだろう?」って。その場では、自己紹介をして、少し話をして「あとはその担当者とメールのやりとりからはじめなさい」みたいな話になりました。そこから(担当編集者と)文通みたいなことをしていた期間が半年くらいあったんです。

 

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作家・樋口毅宏の命令(?)を受け
編集者と二人三脚で書いた処女作

 

──小説の基盤になったメールのやりとりでは、どんなことを聞かれたり答えたりしていたんですか?

「これまでどんな人生だったんですか」とか、僕自身のことをたくさん聞かれました。でも、いくら(担当編集者が)僕の過去を掘っても、普通の話しか出てこないので、困り果てていたと思います。僕自身も、特別に面白い話や“いいこと”を言うつもりはまったくなかったので、どうしようかと思いました。ただ樋口さんが「書け」と言うので、その担当編集者と、お互いひたすらネタを掘っていくということをしていました。でもそのメールのやりとりの中で、今回の小説の軸になる部分を発見できました。

──その文通のやりとりの中から、「いまも忘れられない、大好きだった不細工な女の子」のエピソードが出てきたのですか。

「この話、面白いじゃないですか」と言われて、そのあたりについてすごく質問されましたね。この不細工な女の子とどこでどう出会ったのか、どうしてこの子のことがずっと好きなのかとか。半年くらいした時に、そのやりとりを全部コピペして送って来てくれて、「これで小説を書きませんか」と言われて、連載が始まりました。ただ、その時もこれがどこにたどり着くのか、いったいどんなものになるのかはわからず、「ただ頑張ってやりましょう」という感じでした。小説を書くんだとか、物語としてちゃんと作ろうというよりも、よくわからないけど「面白いしやってみよう」という感じでした。

──樋口さんは先見の明があったんですね。小説家としての嗅覚というか。でも燃え殻さんにとってみたら、なんだかよくわからない内に巻き込まれた感じですか。

完全に巻き込まれました。僕としてはツイッターのつぶやきも、特別自分を卑下したり、自慢している訳でもなく、日常の気持ちを吐き出していただけですが、それを樋口さんが面白いと言ってくださって、自分にとっては当たり前のことも、人から見たら面白いのかなという感じでした。自分自身はすごく保守的で、変化に対応することが苦手な人間なので、樋口さんという台風のような人が「お前、やれ」と言ってくれたからできたことですね。担当編集者も「これで書きましょう、そうしたら怒られないと思います」みたいな感じで「どうやったら樋口さんに怒られないだろう」というモードで書いていったのが、正直なところです。

──そこから、どのように、この印象的なタイトルが導き出されたのでしょうか。

本当は全然違う、もっとベタベタなタイトルを付けていました。自分としては、ものを書くという事はこれが最初で最後だと思っていたので、『○○恋愛記』みたいな感じの、すごく落ちついたダサいタイトルにしていたんですが「こういうのはどうですか」と、勝手に飲みながら決めちゃった感じです。

──すべてが酒場で生まれている(笑)。それにしても、ご自身の体験をもとにした題材を書くとなると、もちろん過去の古傷や自分自身をさらけ出さないといけませんし、答えがでない問いや、いまも疼く傷と向き合わなければならないですよね。執筆は、辛くなかったですか?

僕はもともと「答えが出ないこと」や「決着がつかないものごと」をずっと考えていているのがデフォルトな性格なんです。たまたま僕はこれを毎週書かなければいけなくなったので、更に向き合うことになったのですが、基本的にはもともと日々向き合っていて、そして「人生は悲しい」と思っていたので、連載を書き始めたからといって、あまり差異はありませんでした。通常運転だし「いつも通り暗い」みたいな感じです。