ミュージカル主演男優賞サンティノ・フォンタナの歌唱
途中、ジェームズ・コーデンが、ラジオシティー・ミュージックホールのトイレで 歌い始める。ミュージカル『ビー・モア・チル』の中で、パーティーに行ったものの、自己嫌悪でトイレから外に出れなくなる高校生が歌う「Michael in the Bathroom」をひねった替え歌だ。この「James in the Bathroom」は、「僕にはトニー賞の司会者なんて、無理 。 怖くてトイレから出られない」と歌う。途中で、去年のトニー賞の司会を務めたサラ・バレリスとジョシュ・グローバンも「僕らも去年からずっと、トイレから出られない」と歌に加わって、笑わせてくれた。
『ビー・モア・チル』は日本発祥のオタク文化の影響を受けている作品だが、その中の 「Michael in the Bathroom」を含めた楽曲がSNSを介して瞬く間に世界中に拡がった。しかし10代、20代の若者を中心に大ヒットしたこの作品は、トニー賞オリジナル楽曲賞のノミネートの一つだけで、授賞もなかった。番組の構成を担う誰かが受賞式で替え歌を唄うことで、この作品に敬意を表したのだろう。それにしても昔から若い客層を増やそうとしてきたブロードウェイだが、SNSなどによる拡散や、それを見事にしてみせた若者達を受け入れる心の準備は、まだ出来ていないようだ。
ミュージカル主演男優賞は、受賞まちがいなしと言われていた『トッツィー』のサンティノ・フォンタナが獲得した。彼は3年前、演出家のスコット・エリスと、ステージで2週間程仕事するうちに意気投合し、その1週間後にスコットから送られてきたのが、『トッツィー』の台本だった。それから3年間、サンティノはあらゆる努力を拒まなかった。映画が元となったミュージカルだったが、舞台ゆえに撮り直しや編集はできない上、歌わなければならない。主演の彼がハイヒールで歩くのは当然だが、立ち方、座り方などの所作を習得し、舞台上では瞬時に男女を切り換えて演じなければならない。
彼は自宅で、最初は1日30分、次の日は40分、というふうに徐々にヒールでのいろいろな姿勢やジェスチャーに自分を慣らしていった。また、歌のコーチと一緒に女性の声の出し方と呼吸の仕方を観察し、男性の声帯との違いもリサーチしていた。男性の彼には音域に限界があるので、女性の声質らしくするために唇、舌、喉頭、顎、横隔膜の使い方を考え抜いて練習したそうだ。だから彼が演じる男性マイケルと女装したドロシーとは、呼吸の仕方も声の共鳴の仕方も違う。その努力に拍手を送りたい。
ミュージカル作品賞には大本命の『ハデスタウン』が輝いた。彼らは他にも助演男優だけでなく、演出、オリジナル楽曲、編曲装置デザイン、照明デザイン、音響デザインまでも持っていった。(『ハデスタウン』についてのレビューはこちら)