Jun 13, 2019 column

トニー賞授賞式の宴が終わって、ブロードウェイhere and now

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演劇 『フェリーマン』、『真夜中のパーティー』も見逃せない

ミュージカル部門から演劇部門に目を向け、演劇作品賞を見事獲得した『フェリーマン』、そしてリバイバル演劇作品賞を取った『真夜中のパーティー』の2作品を紹介したい。

新作演劇作品として今年、王座の地位を得た『フェリーマン』は、2017年春以来、英国ロイヤル・コート劇場でのチケット完売記録更新と、延長公演を繰り返した後、ようやくブロードウェイにやって来た作品だ。

舞台は1981年の北アイルランド。かつてIRA(アイルランド独立闘争を繰り返してきた武装組織)の幹部だった主人公クインは、弟の行方不明を期に組織を脱退し、今では代々引き継いてきた田舎農場の主人として、大家族と供に質素な生活を送っている。しかし長い闘争の歴史は容赦なく彼を、醜い争いへと巻き込んでいく。正義を唱える団体が、そのために悪を犯し、そこから生まれる恨みと憎しみが、さらなる暴力を生む。その繰り返しが、守る筈だった身近な人々の生活を根底から破壊していく。

北アイルランドの歴史的背景を基に練り上げらたこの作品が、かつてIRAのテロに怯えていたロンドンのウエスト・エンド(ニューヨークのブロードウェイにあたる)を中心に人気を博したのは当然といえば当然だ。歴史的事実に立脚したミステリードラマの緊迫感は凄まじい。IRAが関与した失踪事件のサスペンスとして観るのもいいし、大家族の農民家庭を背景としたヒューマンドラマとして観るのも楽しみ方の一つだろう。老若男女、赤ん坊や動物に至るまで、キャストの多様さも見所で、出演者一人ひとりにそれぞれの設定が与えられ、個性あるキャラクター作りとなっている。その中の人間模様とドラマを楽しむのも悪くはない。

しかしこの作品を観に行かれるかたには、簡単でいいので、背景となっている歴史的事実の予習をお勧めする。「ブロードウェイ交差点」ではそのあたりを簡単に紹介しているので、観劇前には是非読んでいただきたい。 なお、フェリーマンとは、ギリシヤ神話であの世とこの世を隔てている川を渡る船の船頭のことだ。千秋楽の予定は2019年7月7日。

今回のトニー賞で一番の大穴だったのは、リバイバル演劇作品賞をとった『真夜中のパーティー』だ。すでに昨年8月に千秋楽を迎え、誰の優勝予想にも挙がっていなかった。これだからトニー賞は面白い。

初演は1968年オフ・ブロードウェイ。当時大ヒットして映画化もされた。ゲイであることをオープンにすれば疎外され、偽って生きていけば孤独感に苛まれ、それらのために傷つき、そして深い自己嫌悪に陥る彼ら。しかし自分を偽って生きて苦しむのは、程度の差こそあれ、全ての人にとっての普遍的な経験であり、それが凝縮されているからこそ多くの人にこの作品は認められるのだろう。

初演からの50余年を経た本作品が今回受賞した時、作家マート・クロウリーは、トロフィーを固く握り締め、涙を流して語った。その姿から50年前ゲイとして生きる厳しさや、上演にこぎ着けるまでの当時の世間の風当たりの強さが伝わってくる。あの時創作に関わった勇気ある人たちのおかげで、今のLGBTの存在があることを忘れてはいけないという隠れた願いが込められて、この作品は賞をとったのかもしれない。興味のあるかたは1970年に創られた同名の映画版の鑑賞をお勧めする。印象的な音楽もあいまった、いい作品だ。