May 28, 2019 column

トニー賞直前!注目ミュージカルBest3レビュー

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『エイント・トゥー・プラウド』 はモータウンファンに

最後に、演出、衣装デザイン、音響デザイン、振り付け、編曲など9部門でノミネートされている『エイント・トゥー・プラウド』を紹介する。この『エイント・トゥー・プラウド』は、1960~1970年にかけて次々とヒットを飛ばしたモータウン・レコードのテンプテーションズの歴史を、ヒット曲に乗せてテンポ良く紹介するジュークボックス・ミュージカルとなっている。

photo by Matthew Murphy

テンプテーションズの成功は、一夜にして成ったわけではない。一幕目では、デトロイト界隈のクラブで歌っていた彼らが、モータウン・レコードの創立者ベリー・ゴーディにより巨大なスーパースターとなっていく過程が描かれている。人種差別が色濃く残っていたその時代に、如何にして黒人歌手グループが、白人の世界に受け入れられたのかを見るのは興味深い。二幕目では名声と富を手にした彼らを描く。しかし恋愛問題、長期ツアーの疲れ、残した家族との隔たり、スポットライトを一身に受けたいという思い等が彼らを内側から蝕んでいく。そして苦しみから逃れるために手を出した麻薬や酒のせいで、次第に一人、また一人とグループに留まれず去っていくのだった。

photo by Matthew Murphy 2019

結成後20年の間に24人のメンバーが入れ代わったテンプテーションズだが、この作品内では主要な4、5人のメンバーの入れ替えだけが描かれている。その都度、新メンバーが新しい風を吹き込み、メガヒットを生み出し続ける彼らの弾力性と回復力には脱帽する。まさにレリジリエンスだ。メンバーが変わっても以前と勝るとも劣らないレベルで歌って踊って演技ができるという3拍子の揃った俳優達が、次から次へとステージに登場してくる。才能が集まるニューヨークならではの贅沢な作品で、ブロードウェイの底力を感じざるを得ない。テンプテーションズのヒット曲を、生で、しかも圧倒的な歌唱力と踊りで見られるという、モータウン・ファンにはたまらない作品となっている。

果たして最優秀作品賞はどの作品に‥!?

以上で3作品の紹介は終わるが、今年のブロードウェイ全体の傾向を一言でいうと「ダイバーシティ」だろう。昨シーズンまで社会の動きに呼応して、多様性やポリティカル・コレクトネスの必要性をテーマとした作品が増えつつあった。それが今シーズンに入り、テーマとしてではなく作品そのものに定着しつつあるようにみえる。『ビー・モア・チル』や『ハデスタウン』では、珍しく主役にアジア人がキャストされ、アーサー・ミラー作の『みんな我が子』の姉妹は、白人と黒人が演じていた。『プロム』では、プロムに行くのをPTAから阻止されるLGBTの高校生が主人公だった。『リア王』ではジェンダー(性別)を意識せず、タイトル・ロールとグロスター伯爵を女優が演じた。同作品では身体障害者も差別せず、聴覚障害を持つ俳優が手話通訳士と一緒に出演していた。また『オクラホマ!』では、車椅子上で演じた障害者アリ・ストーカー(助演女優賞に今回ノミネートされた)が演じていた。観客の反応はピンからキリで「ここまでしなくても…」という声もないわけではないが、これがブロードウェイなのだろう。

ちなみにトニー賞は1947年に始まったイベントで、当時はニューヨークの劇場界でその年の業績や偉業に賞を贈る小さな祝賀会のようなものだった。それが73年後の現在では、30を超す部門別に業績を讃える大イベントとなった。選定は脚本家、演出家、プロデューサーなどの創作関係者と、舞台裏の労働組合代表者、プレス、キャスティングディレクターなど、米国を基盤に全世界で活躍する約850人余りの投票に拠っている。トニー賞を受賞したミュージカルは長期上演になるのが常だ。今年の新作ミュージカルは、それぞれ面白さと個性を持っているので、どれもお薦めだが、初演時のオリジナル・キャストで観られればそれに越したことはない。できれば夏休みでの早めの観劇をお薦めする。

文/井村まどか
photo by Matthew Murphy 2019

井村 まどか

ニューヨークを拠点に、ブログ「ブロードウェイ交差点」を書く。NHK コスモメディア社のエグゼクティブ・プロデューサーで、アメリカの「ドラマ・デスク賞」の審査・選考委員も務める。 協力:柏村洋平 / 影山雄成(トニー賞授賞式の日本の放送で、解説者として出演する演劇ジャーナリスト)