「ガス人間」はそうした《純然たる物語の面白さ》と、決してストレートには映像化しないドライブ感――ウィットが効きまくった《魅せ方の独自性》が融合した作品といえるだろう。ただ度肝を抜かれるのではなく、視聴者が思わず笑ってしまうようなユーモアや遊び心が全編に仕掛けられている。先述したあらすじだけでは極めてシリアスなドラマという先入観を抱くかもしれないが、切れ味鋭い社会派サスペンスの要素は内包しつつも、アクションありラブストーリーありヒューマンドラマありのエンタメ大作に仕上がっているのだ。例えば第1話の冒頭、テレビ局に到着した京子が急いでスタジオに向かい、収録が始まり、生放送中に対談相手が爆死し、飛散した血液が顔にかかり肉片が辺りに飛び散るまでの一連の流れはショッキングなものだが、視聴者に心地よい違和感を抱かせるような妙に「面白い」要素が巧妙に配置されている。スピーディなカット割りで視聴者を掴みながらも、昨今なかなか見られないズームアップやどこか懐かしく耳に残る劇伴といったクラシカルな雰囲気を入れつつ、かと思えば荷物の台車にカメラを乗せたショットや鏡越し&スタジオの窓越しに京子を見つめる技ありのカットで“新旧感ごちゃまぜの撮り方”で楽しませてくれる。そして、京子の後ろでスタッフが「ヤバいっすよ~結構ヤバいっすよ~」とちょこまか動いていたり、キューを出すADが妙に“クセ強”だったりと、ある種の良質な《ノイズ》がごまんと盛り込まれており、陰惨なシーンでもどこかユーモラスだ。
これこそが片山監督の“味”といえるが (全話を一人で手掛ける異例のチャレンジによって、統一感がもたらされているのも重要なポイントだ)、特筆すべきは、それらが決して本筋より前に出ることはないように緻密に計算されていること。つまり、遊びの数々が全くうるさくないのだ。先述した第1話冒頭にはじまり、賢治たち刑事が大真面目に捜査に向かうなかでナンパしている職員が登場したり(何度か登場するのが笑える)、約1年半をかけて交渉と準備を行い、東京駅前を封鎖して撮影された前代未聞のカーアクションでは台本にはない「ヨガをするグループ」越しに映すなど、視聴者が「なぜこの要素を足したんだよ! (笑)」とニヤニヤとツッコミながら見られるサブウェポン的要素がスパイスとして効果を発揮している。過去と現在を行き来する複雑な物語を紐解いていく《読み込む面白さ》、ド派手なシーンの数々にハイセンスな撮影手法、完成度の高いVFXによる《目が喜ぶ没入感》、そして画面の隅々にユーモアをまぶした《瞬間的な笑い》――この三拍子そろった作品は (特に日本製の映像作品としては) 非常にレアで、「ガス人間」独自の強力な武器になっている。






