Oct 03, 2019 column

藤倉大、ブーレーズを語る

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「全ての音楽はスパイラル」の意味とは

最後に、いま振り返ってみて、藤倉さんにとってブーレーズがどういう存在なのかを聞いてみた。

藤倉

僕にとっては、最初に会う前は、大好きなロックスター。会ってからは、何て言ったらいいのかな。複雑さとシンプルさが共存している人。揺るぎない決定性の人。そういう音楽でもあるしね。

ブーレーズの後期の作品なんかは、古典音楽的な言い方をすると、どこを切っても音楽が解決していると思うんです。リハーサルに行くと、途中から曲を始めるんだけど、もうすべてが解決している。それは面白いです。

ブーレーズの曲は、未完成の作品であっても発表されているものが多いわけですけど、質問したことがあるんです。未完成だけど、ここで一応演奏していいよという決定はいつですか?と。

彼の答えは、『すべての音楽はスパイラル(螺旋)だ』と。ひとつのスパイラルが終われば、そこで終わることもできるし、また新たなスパイラルが始まることもできる。永遠に続く音楽という考えなんじゃないか。

ある本で、面白いなと思ったのは、ブーレーズがカフカの話をしている。『審判』という小説がありますが、あれは未完じゃないですか。ストーリー的にはミステリー。誰が犯人か、何が起こったかわからないまま、終わっているにも関わらず名作である。もしカフカがそれを完成させて、事件がどうなったか明確に書かれていても、書かれていなくとも、作品のクオリティは変わっていないだろうと。それと、あのスパイラルの話とは関連していると、僕は勝手に考えています。

あともうひとつ言いたいのは、これはお願いなんですけど、音楽ライターや音楽学の人たちが、やっと俺たちのヒーローができたみたいな感じで、大好きだと書くじゃないですか。その気持ちもわかります。でも、彼はそれだけの人だったわけじゃない。詩的な人でもあったし、茶目っ気がすごくある。冗談もすごく面白い。曲にもそれが出ているし、人間性がすごくある、あったかい人でもあった 。

藤倉さんの言葉を借りれば、筆者にとって、ブーレーズはいまだに、ある意味ロックスターである。銀行員みたいな服を着た、クールなロックスター。でも、その中にある好奇心と、熱さと、優しさに気が付いたとき、ブーレーズの音楽は一気に身近になるのかもしれない。

永遠のロックスターなのかもしれない ©️K. Miura

インタビュー・文/林田直樹
撮影/三浦興一(ブーレーズ)
森山祐子(藤倉大)

プロフィール
撮影/三浦興一
ピエール・ブーレーズ/Pierre Boulez

フランスの作曲家、および指揮者。フランス国立音響音楽研究所IRCAMの創立者で初代所長(退任後は名誉総裁)。1976年コレージュ・ド・フランス教授に選出。指揮者としてもニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督などのポストに就いた。1992年にIRCAM所長を退任後死去まではフリーで活躍。1960年代からドイツバーデン=バーデンで暮らした。2016年1月5日没

「ブーレーズ:作品全集」(ドイツ・グラモフォン)
ピエール・ブーレーズ指揮アンサンブル・
アンテルコンタンポラン、ピエール=ロラン・エマール(ピアノ)
、マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)、ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)、他
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00CT22I02/

プロフィール
撮影/森山祐子
藤倉大

作曲家/ボンクリフェス2019アーティスティック・ディレクター 世界で演奏される機会の最も多い作曲家のひとり。1977年大阪に生まれ、15歳で渡英。ヴェネツィア・ビエンナーレ音楽部門銀獅子賞、平成30年度芸術選奨音楽部門文部科学大臣新人賞をはじめ、数々の著名な作曲賞を受賞。2015年にシャンゼリゼ劇場/ローザンヌ歌劇場/リール歌劇場の共同委嘱による自身初のオペラ《ソラリス》の世界初演は大成功を収め、18年アウグスブルク劇場での新演出による上演も高い評価を得た。同年、スイス・バーゼル劇場の委嘱で2作目のオペラ《黄金虫》を世界初演し、大成功を収めた。

林田 直樹

音楽ジャーナリスト・評論家。1963年埼玉県生まれ。オペラ、バレエ、古楽、現代音楽など、クラシックを軸に幅広い分野で著述。著書「ルネ・マルタン プロデュースの極意」(アルテスパブリッシング)他。インターネットラジオ「OTTAVA」「カフェフィガロ」に出演。月刊「サライ」(小学館)他に連載。「WebマガジンONTOMO」(音楽之友社)エディトリアル・アドバイザー。