Jul 26, 2023 column

第34回:核兵器への脅威と疑問を投げかける ! クリストファー・ノーラン監督 最新作『オッペンハイマー』

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クリストファー・ノーラン監督の新作『オッペンハイマー』が先週末公開され、全米映画興行で、『ミッション:インポッシブル/デッド・レコニングPART ONE』を押し除けた『バービー』の1.62億ドルの興行収入に続き、第2位の8245.5万ドルで健闘した。アメリカでは全米映画俳優組合(SAG-AFTRA) が今月7月14日から猛暑の中、ストライキを開始。俳優組合の規則で、映画のプロモーションにも関わってはいけないため、ノーラン監督中心に映画の宣伝を展開。監督は先月から始まっている脚本家組合 (WGA) 、そして俳優組合の決意を支持して、全ての映画製作を中断することを公表。ストライキが始まる前のIMDbのインタビューに集まった主演俳優の座談会では、映画『オッペンハイマー』で、主人公オッペンハイマーを貶める悪役を演じた俳優ロバート・ダウニー・Jr. が「この作品はノーラン監督のマグナス・オーパス(大傑作)だ」と称賛。今までに自身の俳優としての力をここまで要求する監督はいなかったと、監督と俳優の密接な関係を熱く語っていた。このコラムでは、今夏、78年目となる広島・長崎原爆投下記念日の前に、この映画がアメリカでどう評価されているのかを中心に紹介したい。

科学者オッペンハイマーのスリリングな伝記映画

物語は、ユダヤ系アメリカ人物理学者ロバート・オッペンハイマーが、第2次世界大戦中、核兵器開発チームをリードして、「原爆 ( 原子爆弾 ) の父」となった経緯、その約10年後には、マッカーシズムの赤狩りで転落していく様子を描いている。原作は「オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇」。これまでに、『ダークナイト』『インターステラー』など、壮大な時空間を背景にした人間ドラマを生み出したノーラン監督は、業界からの敬意だけでなく、映画ファンの支持も熱い。今回は、『ダンケルク』以来の実在した人物の映画化で、科学者オッペンハイマーのスリリングな伝記映画に仕上がっている。

映画の全米公開前の7月17日、ニューヨーク・タイムズでは、原作者の一人、カイ・バードの特別記事を掲載。「この映画は、クリストファー・ノーラン監督によって、“原爆の父”とされる科学者の複雑な人生を、サスペンスに溢れる3時間のミステリーとして仕上げられている。私の希望は、この映画がアメリカ国内において、核兵器という大量破壊の武器についての議論の場をもたらすだけでなく、武器の開発にかかわった科学者たちが、その危険性などについて警笛を鳴らすことが可能な社会が必要であることを考えてほしい」と結び、ここ数年、新型コロナ・ウィルス感染症でスポークスマンとなったアンソニー・ファウチ博士がワクチン接種の議論で標的になった事実など、現在のアメリカの問題点をその他のインタビューなどでも指摘している。

著者カイ・バードは1998年に出版された「Hiroshima’s Shadow (Writings on the denial of history & the Smithsonian controversy) 」という本の著者でもあり、原爆投下に関して、あらゆる立場からアメリカを検証し、被爆者のインタビューも含めて出版。長年、広島・長崎の原爆投下に関してリサーチを重ねてきた歴史家でもある。2006年に「オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇」で共同著者の故マーティン・シャーウィンとともにピュリッツァー賞を受賞。その本を映画として脚色したのがノーラン監督自身である。

映画の前半は、オッペンハイマーとアインシュタインの初期の関係や、大学教授としてひっぱりだこだった時代、弟夫婦に誘われて、共産主義者の会合に参加するなど、同僚アインシュタインが警告した、科学者が政治に関わることの危険性についてフォーカスされている。

中盤は、そのオッペンハイマーが、軍部にリクルートされ、人類最初の核実験となるトリニティ実験、そしてマンハッタン計画を実行するため、自ら愛した土地、ニューメキシコ州のロス・アラモス市に家族ぐるみで引越し。有能な科学者やスタッフを選りすぐり、秘密基地での核兵器製造の中心人物となりつつも、複雑な人間関係のなかで犯したオッペンハイマーのミスが浮き彫りになっていく。後半は、原爆投下後。原爆の父としてタイム・マガジンの表紙まで飾ったオッペンハイマーが政治的な権力を保持したい科学者と政治家によって汚名を着せられ、転落していく様子が描かれている。

映画では広島、そして長崎に原爆を落とす様子は一切、描かれておらず、その非常な惨事は登場人物の会話や、数秒の映像でのみで表現。第2次世界大戦中に、オッペンハイマー自身、原爆投下に関して疑問視したことは一切なかったそうだが、戦後、日本は原爆投下が決行された8月に降伏寸前だったという事実に落胆したという。ロシアの脅威を目前に、強いアメリカを誇示したいトルーマン大統領下のアメリカでは、冷戦に向けて、より大きな水素爆弾の開発を発表。オッペンハイマーはその後の核兵器開発に懸念を示したことによって、政府から目の敵にされ、共産党に傾倒した科学者というレッテルを貼られていく。