Jul 07, 2026 column

映画『大統領のケーキ』に描かれるイラク少女の気迫 (vol.90)

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『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』、『フォレスト・ガンプ 一期一会』など、魅力的な主人公のサバイバルを描いたプロデューサー、エリック・ロスがサンダンス映画祭で目をつけたのが、イラク出身の若手ハサン・ハーディ監督。昨年、カンヌ映画祭の監督週間観客賞とカメラ・ドール (新人監督賞) の2冠を受賞した彼のデビュー作品『大統領のケーキ』はアカデミー賞国際長編映画賞のショートリストにも選ばれた珠玉の一品。1990年代、サダム・フセイン大統領の独裁下イラクを舞台に、映画は、9歳の少女が与えられた大統領へのケーキ贈呈という、嘘のような任務のために生きるか死ぬかの冒険を強いられる物語。歴史の隅っこに追いやられた、知られざるイラクの子供たちの苦悩を、イラク育ちの監督自らがデビュー作に込めた本作を、このコラムでもご紹介。

イラクの湿原に生きる少女

この映画の舞台となるイラクの湿原はなんともシネマティック。砂漠ばかりというイメージとは一変したその景色は、雄大なメソポタミア文明を築いた背景を垣間見るようで、映画ならではの臨場感。しかし、空にはF-16が飛び交っている。そんな湿地帯で、貧しくも逞しく生きる少女が主人公ラミア。学校へ通うために、細い木のような船を漕いで水路を行き来するラミアに両親はいない。孫だけには不自由させたくないと、食糧難な中でも、祖母は大事な林檎を一つ、ラミアに持たせる。しかし、お祈りのために遅刻。教師は叱りつけ、ラミアの大切な林檎を隠れて没収する。フセイン大統領下の学校制度では教師も非情。弱肉強食の社会では、子供たちが犠牲にされる。授業が始まる前に「我々のリーダー、サダム・フセイン様が長生きされますように。わたしたちの魂を捧げます。」と宣誓させられ、教師に従わない者は政府に密告すると、教師が生徒を脅す毎日。

フセイン大統領の誕生日を祝うために、教師はお祝いの品を用意する担当を生徒の中から選ぶ。その最も過酷な任務、大統領のケーキを準備するという貧乏くじにあたったラミア。日々の食事にも困っている祖母だったが、ラミアと彼女の飼い雄鶏のヒンディとともに、その材料を調達するために街へ出かける。そこで祖母はまず、ラミアの制服を新調する。その制服を着て凛としたラミアをある裕福な家に連れていく祖母。そこでラミアが知るのは、年老いた祖母が命をかけた決意をしていたこと。老いた身で孫は十分に育てられないと、ラミアを養女に出すことを交渉していたのだ。祖母と離れたくないと、ラミアはやさしそうな養母の前から飛び出す。街の中で途方に暮れるラミアだが、大統領のケーキを作らなくては、その先は地獄。自らの任務は達成しなくてはならないと、行方不明になった父を探して街を闊歩していた同級生のサイードに協力してもらい、ケーキの材料集めに奔走するのだった。

1990年、イラクのクウェート侵攻に対して、安保理が課したイラクに対する経済制裁によって、イラク国内の食料不足が悪化し、約150万人の犠牲者が出ただけでなく、ユニセフの統計では、制裁から6年後の1997年には3人に1人が栄養不良になっていた。知られざるイラクの子供たちの生き延びるための日々は、我々の想像を絶するほどに過酷なもので、映画監督を志望したハサン監督の育ちは決して、楽なものではなかった。