Apr 24, 2026 column

スティーブン・キング原作の熱いパトスがほとばしる! 映画『サンキュー、チャック』の心温まる世紀末 (vol.86)

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トロント映画祭で観客賞を受賞し、2025年初夏に全米公開した『サンキュー、チャック』は多くの米映画批評家が去年のベストフィルムとして上げていた珠玉のインディペンデント映画。原作のスティーブン・キング短編小説「チャックの数奇な人生  イフ・イット・ブリーズ」は、ファンタジー溢れる黙示録。ホラーというジャンルから、混沌とした人間模様を見据えてきたミステリーの巨匠スティーブン・キングだが、彼が時折、発信する短編小説はページから踊り出す、ごく普通の人たちが魅力。大御所マーク・ハミル (『スター・ウォーズ』のルーク・スカイ・ウォーカー役) も原作の台詞を一つでもカットして欲しくなかったというほどに、俳優の心を射止めたこの原作に忠実な映画の魅力をこのコラムでも掘り下げてみたい。

「人一人死ぬということは図書館が一つ炎上するようなものだ。」

今、ここで地球が世紀末を迎えるなら、誰と過ごしたいか。映画『ジェラルドのゲーム』(2017) や『ドクター・スリープ』(2019) 、ドラマ化企画が進行中のTVシリーズ「キャリー」と続けてキングの原作に魅了される映画監督のマイク・フラナガンは、スティーブン・キングの信頼を得たハリウッドの中堅監督。キングの言葉、「人一人死ぬということは図書館が一つ炎上するようなものだ。」に魅了され、この地球上の全ての人が平等で、大事な存在なんだという原作の映画化を見事に完成させている。ごく普通のサラリーマンのような会計士チャックに焦点を当てるこの映画は、ミステリーに包まれたオープニングから始まり、ある意味SFがかった世紀末から始まる。

3章立てとして描かれる映画の序盤は、テクノロジーに依存していた社会が崩壊し、人が右往左往する世紀末の地球が舞台。しかし、謎の広告だけがなぜだか煌々と流れ続ける。「39年間ありがとう、チャック」というメッセージは一体だれが流しているのか!? 高校の教師であるマーティ (キウェテル・イジョフォー) が、別れた看護師の元妻フェリシア (カレン・ギラン) を想い、電話をするがインターネットはつながらない。最後に彼女に会いたいという気持ちのままで走り出し、フェリシアが働く病院にたどりつくまでに目にする謎の広告を見ながら、チャックとは誰なのか、まるで地球へのエールをミステリアスに描くかのような抒情的な世紀末が描かれる。

その謎は、電光掲示板で笑っていたスーツ姿のチャックを描く中盤から少しづつあきらかになる。後半は幼いときに両親をなくし、祖父母とともに過ごした少年チャック。真逆に時間軸が流れていくところも小説のタイムラインそのままで、原作の意図するところをそのままビジュアルで表現したかのように、俳優の言葉それぞれが、人と人との尊い運命と、不思議な縁を描いている。

スティーブン・キングは幼いときに父と離れ離れになったことを公に公表している。たばこを買いに行くと言って出かけた父が帰ってこなかった自身の体験は、トラウマに悩む少年の姿として、彼の作品の中でも何度も現れた。常に家族、日常の恐怖の中でのサバイバルが浮き彫りになる。それらは80年代のアメリカ映画を支えてきた作品群でもある。

去年、数奇な運命で亡くなった故ロブ・ライナー監督の名作『スタン・バイ・ミー』(1986) は、死体探しの旅に出た無邪気な少年たちの友情と冒険を描くキングの半自伝的な短編小説「ザ・ボディ」が原作だった。U-NEXTが映画通が死ぬまでに見るべき名作のトップ (2025年時点) にもなったという映画『ショーシャンクの空に』は、「刑務所のリタ・ヘイワース」(小説「ゴールデン・ボーイー恐怖の四季 春夏編」に収録) が原作。冤罪によって投獄された主人公が、無実を主張し希望を捨てず、囚人たちとの友情が我々の胸を打ち、映画は全世界でロングランを記録した。さらには、世界中が涙した『グリーン・マイル』(1999) もまた、死刑囚と看守の思いがけない友情と、巨体の死刑囚が織りなす不思議な奇跡が、映画化によって、より多くの人に共感をもたらしたファンタジー・ヒューマンドラマ。

ホラーの枠から逸脱したキングの短編小説は、どの時代でも通じるヒューマンな内容に胸を打たれる内容。今、戦争に突進するアメリカ社会の元で、スティーブン・キングのようなヒューマンな作家が今後、何をどう描くのか、改めて映画から、その原作を読み直したいと思わせてくれるのも、この映画の魅力である。