──もうひとつの理由は?
昔、警備のバイトをしていたことがあって、『男たちの旅路』(76〜82年)のように、年配の人とコンビを組みました(笑)。二人きりなので、2日間くらいで話すことなくなってうんざりするのですが(笑)、その人が記憶喪失になった話をしてくれたんですよ。ちょっと話を作っているところもあったと思うけれど、その人は南方に戦争に行ったときに、大きな怪我をして記憶を失くしたそうなんです。ただ、兵士なので名前や住所などの手がかりはあるから、それを頼りに終戦になって田舎に帰ると、待っていたのがけっこうかわいい奥さんだったっていう話を、何度も何度も聞かされて(笑)。でも、病院で目が覚める前の記憶は、その後もなにも思い出せないそうです。
──実のようにカラダは覚えていることがあるのか、それとも、全く違う人格になってしまうんですか?
いろいろらしいです。どこを無意識に消してしまいたいかってことによるらしいんですね。いやなことがあったときに、瞬間的に忘れたいと思うじゃないですか。それの究極の形が記憶喪失だそうです。実さんは、自分が置かれた状況に耐えきれなくて、リセットしてしまったと考えて書きました。
──プロデューサーのコメントでも、戦後はそういう人がいたみたいなことをどこかの媒体でコメント出していましたよね。
記憶喪失の扱いは、NHKとは話し合って、実際にあることだから、ドラマの都合で、ドラマチックに、全部思い出したみたいに描くことはやめようということになりました。実際にそういう悩みを抱えていらっしゃる方を傷つけてはいけないし、学術的に間違ったことを描いてもいけないので、いろいろ調べました。とはいえ、記憶喪失ものをドラマでやると、いつ思い出すのかが話の中心になりますが、僕は全然、そういう話にするつもりがなくて、人間がある種ゼロになったとき、そこからどうするのかって話をやるつもりだったんです。
──戦争でゼロになったことや、恋に敗れることや、『ひよっこ』の登場人物はみんな、1回ゼロになったところからもう一度はじめていきますね。記憶が戻る話を描きたいわけではないからこそ、最後のお重のくだりが、劇的ではなく、さりげないんですね。
そのために準備されていたかのうようなお重ではありますが、あれを鈴子が預かるのは、宮本信子さんのアイデアです。美代子が来たときに返す予定だったのが、宮本さんから、これは預かったほうがいいんじゃないかって提案というか感想があって。お預かりするのは希望をつなぐシーンとしてもいいシーンになるので、その提案をいただきながら、回収の仕方を考えました。宮本さんの直感みたいなものが、ドラマに深みを与えてくれましたね。お重を預かっていいですかと鈴子さんが美代子さんに言うシーンもそこから生まれた シーンです。
撮影 / 江藤海彦
岡田惠和(Yoshikazu Okada)
1959年2月11日、東京都生まれ。脚本家。90年にデビュー、94年『若者のすべて』で、連続ドラマで初のオリジナル作品執筆、以後、人気ドラマ、映画の脚本を数多く手がける。主な作品に、連続テレビ小説『ちゅらさん』『おひさま』、『ビーチボーイズ』『彼女たちの時代』『銭ゲバ』『最後から二番目の恋』『泣くな、はらちゃん』『スターマン・この星の恋』『さよなら私』『ど根性ガエル』『奇跡の人』、映画『いま、会いにゆきます』『阪急電車 片道15分の恋』『県庁おもてなし課』『世界から猫が消えたなら』、舞台『スタンド・バイ・ユー〜家庭内再婚〜』『ミッドナイト・イン・バリ』など多数がある。向田邦子賞、橋田壽賀子賞などを受賞。NHK—FMで『岡田惠和の今宵、ロックバーで、〜ドラマな人々の音楽談義』のパーソナリティーをつとめている。『奇跡の人』は平成28年度、文化庁芸術祭賞大賞を受賞した。
10月からは『ユニバーサル広告社~あなたの人生、売り込みます!~』(テレビ東京)が放送、12月、映画『8年越しの花嫁 奇跡の実話』が公開予定。
連続テレビ小説『ひよっこ』
連続テレビ小説『ひよっこ』(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
脚本:岡田惠和 出演:有村架純ほか 全156回
最終回は、9月30日(土)