Oct 01, 2017

コラム

『ひよっこ』ロスなあなたに。脚本家・岡田惠和氏に、あの疑問、この疑問を聞いちゃいました!その2

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9月30日、全156話を駆け抜け、最終回を迎えた、朝ドラこと連続テレビ小説『ひよっこ』(2017年4〜9月)。高度成長期、お父さんの突然の失踪によって、茨城から東京に働きに出てきた女の子みね子(有村架純)が、たくさんに人たちとふれあった4年間の物語の最終回、みね子は結婚という幸せを獲得した。記憶喪失になったお父さん(沢村一樹)の記憶が戻るのかと思いきや、劇的な展開はなく、ほんのちょっとだけ前進しているくらいにとどまった。最終週で歌われた「365歩のマーチ」の「3歩進んで2歩下がる」くらいのささやかさだ。
「ひよっこ」は最初から一貫して、日々の暮らしを丁寧に描くというスタイルで、登場人物は、誰一人として特別な何かをもった人はいない。とりわけ、主人公は、大きな夢や目標もなく、日々を生きることにせいいっぱい。漫画家が、彼女を主人公のモデルにしたら、地味すぎて困ってしまうほどだが、彼女はマイペースだ。従来の朝ドラに多かった、主人公が大きなことを成し遂げるまでを描くものとは一線を画した『ひよっこ』。
なぜ、こういう物語を描いたのか。
朝ドラ論考本『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)で、『ひよっこ』がはじまる前にインタビューしたご縁で、脚本家・岡田惠和さんが最終回を終えての総括インタビューを受けてくださいました!3回にわたりお届けします。

 

第6回 『ひよっこ』脚本家・岡田惠和氏に聞く(その2)

 

若手はほとんどオーディションで、そこから当て書き

──みね子以外の若い俳優はオーディションなんですね。

そうなんです。若い人は全部オーディションでやるって決めて、脚本が全然進んでない段階で、選びました。早く決めないと人気者が他のドラマにとられてしまうっていうのもありまして。僕は、この役をやる人を選ぶのではなく、この人いいなって思う人を選んで、劇団みたいに、そこからその人に合う役を考えたかったんです。それこそ、伊藤沙莉さんも米屋の娘として選んだのではなく、彼女を使って、さおりという役を描きたいと思いました。ぱるる(島崎遥香)もそうでした。彼女を使うために新しい役ができた、みたいな記事が出てしまって、誤解を招いたと思いますが、彼女だけでなく、今回ほとんどの役が、オーディションの後でその人に当て書きしたものです。

──では、乙女寮の女の子も、4人選ぶと決めていたわけじゃないんですか?

その時点で、最初から役が固定されてたのは、時子と三男で、乙女寮に関しては、いい子がいたら、それだけ出すと。5人いたら、みね子と時子にプラスで7人部屋と思っていて、4人起用したので、6人部屋になりました。もしかしたら、伊藤沙莉さんが乙女たちの誰かになって、乙女たちの誰かがさおりになっていたかもしれません。

ナンバーワンやオンリーワンでなくてもいいじゃないか

──岡田さんは、『ひよっこ』を書くに当たり、高度成長期の光と影を書きたいとおっしゃっていました。そのせいか、『ひよっこ』に描かれる優しさや穏やかさを素直に受け止める人と、それを負と考えたり、その裏を読もうとしたりする人と、極端に分かれた印象があります。それについてはどう思いますか。

当時、生きていた人の感覚からこんな感じじゃなかったっていうのもあるかもしれませんが、流れている空気は、こういうものだったのではないかと僕は思って書きました。例えば、ヒロインの描き方に関して言うと、朝ドラでは、ふつうの女の子が後にひとかどの者になることが定番ですが、それは、言い方を変えると極めて特殊な人ですよね。そういう人はクラスのうち一人か二人しかいないわけで。それを、ドラマだから、朝ドラだからという理由で、主人公は夢のある人というふうに決めるのも、ずいぶん強引な話だなって思うんです。高度成長期だからと言って、全員が上を目指していたわけじゃないし、目指さなきゃいけないわけでもないし、夢をもたないなんて何もない人生だ、みたいなアイデンティティの捉え方ではなかったと思います。ナンバーワンもオンリーワンもとくに求められてなかったと思うんですよ。そういう考え方が、いま、生きている子たちの枷になっている気がするんです。

 

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──ナンバーワンでもオンリーワンでもないのがみね子ですね。

一番になるとか、変わった人になるとかってことを、そんなに重いプレッシャーに感じることはないし、ふつうに生きているってことは、そんなに恥ずかしいことじゃなかったのではないかと思うんですよ。「何もない」と思われるみね子が、大志をもって生きている人と比べて、そんなにマイナスな存在ではなく、「ふつう」だよと思って書き続けました。

──ごくふつうなものを書くことは難しいことですね。

そうですね、そこはトライだと思うけれど、やっぱり、それは、有村架純って俳優の何かとシンクロしているような気がしていたかなあ。

──彼女はぱっと見ハデで目立ちそうですが、意外と世界に溶け込む人ですよね。

不思議なトーンがありますよね。ぱあっと周囲を明るくもできるけど、きゃぴきゃぴしたところのない、わりとじっと考えている人って気がしますね。それがみね子に合っていた気がしますし、一見何もないからって何も考えてないわけではないみね子らしさを表現してくれました。今回、みね子の対比として、女優を目指して、最終的に夢を叶える時子がいますが、友人が成功していく傍らで、みね子が挫折感を持つ必要はないと思って書きました。そういう、誰かと比べて幸か不幸かみたいな描写は書かないようにしました。

木俣冬

文筆家。主な著書に「ケイゾク、SPEC、カイドク」(ヴィレッジブックス)、「SPEC全記録集」(KADOKAWA)、「挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ」(キネマ旬報社) 、共著「おら、あまちゃんが大好きだ! 1、2」(扶桑社)、「蜷川幸雄の稽古場から」、構成した書籍に「庵野秀明のフタリシバイ」、ノベライズ「マルモのおきて」「リッチマン、プアウーマン」「デート?恋とはどんなものかしら?」「恋仲」「IQ246~華麗なる事件簿」など。
初めて手がけた新書『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中! http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062884273

その他、エキレビ!で毎日朝ドラレビュー連載。ヤフーニュース個人https://news.yahoo.co.jp/byline/kimatafuyu/ でも執筆。 otoCotoでの執筆記事の一覧はこちら:https://otocoto.jp/ichiran/fuyu-kimata/

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