Oct 28, 2019 regular
#28

現代のチェンバロ演奏の最前線に立つ鬼才、ジャン・ロンドー

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林田 直樹

音楽ジャーナリスト・評論家。1963年埼玉県生まれ。オペラ、バレエ、古楽、現代音楽など、クラシックを軸に幅広い分野で著述。著書「ルネ・マルタン プロデュースの極意」(アルテスパブリッシング)他。インターネットラジオ「OTTAVA」「カフェフィガロ」に出演。月刊「サライ」(小学館)他に連載。「WebマガジンONTOMO」(音楽之友社)エディトリアル・アドバイザー。

いまクラシック音楽の世界で、もっとも熱いジャンルのひとつに、フランスの古楽がある。作曲家にしても、演奏家にしても、本当に面白い発見が多い。

バロック音楽といえばバッハ、バッハといえば音楽の父、というのは一昔前の常識だと言ってもいい。
バッハは確かに偉大な太陽のような存在である。

その強い光は、19世紀、20世紀を通って、現代の私たちのところまで届き、未来へと続いている。

だが、バロックに関して、いま私たちは大きな認識の転換を求められている。
近年、雲が引いて晴れるようにしてわかってきたこと、それはバロック期が、バッハというひとつの太陽ではなく、いくつもの偉大な太陽が輝く時代だったということだ。

それをガイドしてくれる演奏家たちが、今の時代にはたくさんいる。
その一人として、1991年フランス生まれのジャン・ロンドーをご紹介しよう。

(c)Shura Rusanova


2012年に弱冠21歳という若さでブルージュ国際古楽コンクールで優勝し、チェンバロ奏者(フランス語ではクラヴサン奏者)としてのみならず、指揮者、作曲家、ジャズ・ピアニストでもあり、ロック・ミュージシャンかと思うほどのルックスだが、哲学・心理学にも造詣が深く、文筆家としての側面もある。
これまでワーナー・ミュージックから4枚のアルバムをリリースしているが、どれも長文のライナーノーツをロンドーは書いており、その文章がまた面白いのだ。

たとえば最新盤の「ドメニコ・スカルラッティ:ソナタ集」では、作曲家D.スカルラッティ(1685-1757)がスペインの宮廷で仕えたマリア・バルバラ王妃に向けた長文の手紙を読むことができる。「1734年1月7日、マドリードにて」ともっともらしく日付まで入っているが、実はロンドーの創作であり、フィクションである。
しかしこの偽書は、実に読ませる、深い内容を持っている。
舞踊と音楽について、不安と神秘について、これほど思索的な言葉のやりとりを、王妃のために音楽教師として日ごと作品を書いていた作曲家が、交わしていたのだろうか? そのイマジネーションの豊かさには圧倒されてしまう。
しかもアルバム全体の前置きには、フランスの現代哲学者ジル・ドゥルーズの名言が掲げられている。それはこんな言葉だ――。

「教師の役割とは、生徒を孤独と和解させることである」。

現代の学校事情にも通じるような、深い言葉である。
絶対主義時代の王侯貴族たちは、しばしば精神を病んでいた。それを癒すのは、音楽教師の重要な仕事であった。そうして生まれた極度にプライヴェートな音楽作品群が、現代人の精神生活に必要になってきたとしても、一向に不思議ではない。

ジャン・ロンドーの演奏は、静寂に対する異様なまでに鋭い感受性と、すさまじい勢いで奏される激しい不協和音(それは作品の中に眠っていたものだ)と、両極端の対照がある。楽譜通り弾いていても、いつ即興へ踏み出してもおかしくないような、自由な生命力にあふれている。
チェンバロが優雅で上品だなどという表面的なイメージは、ロンドーの演奏によって木っ端みじんに砕け散ってしまう。これほど聴き手を興奮させる、危険な魔法の箱だったのか、と認識を新たにさせられるはずだ。

ロンドーのデビュー盤「Vertigo~ラモー、ロワイエ:クラヴサン作品集」では、タイトル曲の「Vertigo」が、名刺代わりの1曲となった。ちなみにこのタイトルは、通常は「気まぐれ」と訳されるが、ヒッチコック監督の映画「めまい」に通じるニュアンスも秘めている。
ロンドーの魅力を知るには、この動画をご覧いただくのが一番だろう。

チェンバロのジャン・ロンドー、ぜひ覚えておいて欲しい。
いま一番面白いクラシック演奏家は誰?と問われたら、その中に必ず入る人だから。

※アレグロ・ミュージックによるジャン・ロンドー来日公演情報(10月30日~11月3日)
http://www.allegromusic.co.jp/JeanRondeau2019.html

※ワーナー・ミュージックによるジャン・ロンドー公式サイト
https://wmg.jp/jeanrondeau/
次回新譜は、トーマス・ダンフォード(リュート)他との共演で、ルイ14世、15世時代のヴェルサイユ宮廷での音楽

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