Dec 21, 2016

インタビュー395

小室哲哉に聞く、globe 1stアルバムが当時最速に400万枚を突破した理由

団塊ジュニア世代が親世代となった2016年、90年代カルチャーのリバイバルが起きている。ファッションではフライトジャケットだったアウターのMA-1を女性が着こなすスタイリッシュなアイテムとして再熱。テレビCMからは、カーディガンズ、小沢健二のカバー曲が聴こえてくる。そんななか、90年代音楽シーンを席巻した存在といえば、言わずと知れた音楽プロデューサー・小室哲哉だろう。

 

90年代日本ポップス史上の金字塔となったプロジェクト

 

これまでにプロデュースしたCDの総売上枚数は約1億7千万枚を超え、オリコン調べによる作曲家、作詞家別の総売上枚数ランキングでは、それぞれ歴代2位と4位を記録している。作詞、作曲両方でトップ5に入っているのは小室だけだ。作詞作曲はもちろん編曲まですべて手掛ける存在と考えれば、唯一無比の才能であることは間違いないだろう。

90年代、自身がメンバーとして在籍したglobeの活躍はすごかった。1stアルバム『globe』のセールスは当時最速で400万枚を超え、ミリオン・ヒット全盛時代に圧倒的な勢いをみせつけた。80年代を駆け抜けた自身のプロジェクトTM NETWORK終了後、trf、篠原涼子、安室奈美恵、H Jungle with tをプロデュースし、立て続けにヒットを連発していたというリスナーからの信頼感もあったのだろう。globeの1stアルバム『globe』は、音が聴けない予約段階でイニシャルが数百万枚だったという逸話もある。YouTubeやストリーミング・サービスの浸透で、限りなく音楽が無料に近づいた現在と比べると隔世の感を禁じ得ない。

2016年12月、globe初期の傑作アルバム『globe』、『FACES PLACES』、『Love again』、『Relation』の4枚の作品が、高音質ハイレゾ化(96kHz / 24bit)され、数々の受賞歴を誇るソニー・ミュージックスタジオのチーフエンジニア鈴木浩二氏の手によってリマスタリングされた。タイムカプセルを開けるように、再び耳にするにはよきタイミングだと思う。小室哲哉に、1990年代日本ポップス史上の金字塔となったプロジェクト、globeについて聞いてみた。

 

globeは最少人数、最少編成。イコール最先端という音作り

 

──1stアルバム『globe』は、ギター以外のすべての楽器を小室さんがシンセサイザーを駆使して演奏するという意図があったそうですね。

そうでしたね。当時、いくつものグループやアーティストをプロデュースしていたので、他のグループとは違う、音としての差別化を考えてのコンセプトでした。

──trfが、1995年12月に6thアルバム『BRAND NEW TOMORROW』をリリースして、70’s的にソウルフルな生音を取り組んでいた時代でした。

一方、華原朋美さんの1996年6月にリリースしたアルバム『LOVE BRACE』ではオーケストラを起用しました。7月の安室奈美恵さん『SWEET 19 BLUES』ではR&Bやゴスペル。9月にリリースしたdosではTLC風など、わかりやすく色分けしないと差別化できない時期だったんです。なのでglobeは最少人数、最少編成。イコール最先端という音作りを考えていました。そういえば(石野)卓球君が1枚目を聴いて驚いてくれたそうです。電気グルーヴと作り方が近かったと思います。どちらかというとダンスミュージックな発想でしたね。

──レコーディング時、いま思い出すとどんな風景が浮かびますか?

今も昔もずっとスタジオにいるから変わんないけどね(笑)。何かをいじったり演奏している間に、次の何を足そうかとか、次の楽器に移ろうか、プロジェクトもいっぱい同時進行していたし、マルチタスクにいろんなことを考えていましたね。やっぱり、スタジオの風景しか出てこないなぁ。

──1stアルバム『globe』は、予約の段階でイニシャルが数百万枚を超えていたというお話もありました。新グループの1枚目のアルバムとしてプレッシャー的なものはありましたか?

当時は、CDバブルだったんですね。僕だけではなくて、世の中のCDが売れまくっていたんです。1stアルバム『globe』は、リリース前の盛り上がりが凄かったので正直リリース後は少しおさまるかなと思ってたんですけど、バックオーダーが100万枚単位で毎週続きました。さすがに、ちょっとすごいなぁと思いましたね。1996年3月のリリースなんですけど、20年前のコミュニケーションって、口コミしか無かったわけですよね? 電話かポケベル、せいぜいそんなもんで。メインは雑誌やテレビ。ある種プロパガンダみたいな感じなのかも知れないけど、最大公約数な場所にバンッと知らせた方が拡散が早かったという時代。発売から一週間のうちにどれだけの人が認知してくれたかってことを考えると、どうやって情報が広がっていったかが不思議ですよね。いまだとネットで1日で拡散できる作業だと思うんだけどね。ひとつ言えるのは、発売前、音を聴かなくても信頼してお金を出してくれたリスナーが数百万人いてくれたことに感謝ですよね。

 

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トラックメーカーがいるユニットとしての元祖的存在

 

──現在ポップシーンでは、トラックメーカーとボーカリスト、またはラッパーなど、最小ユニットで構成されるアーティストが増えていますよね。ある意味globeは、トラックメーカーとしてポップミュージックを作るアーティストの方法論をメジャー化した元祖的存在なのかもしれません。

トラックをつくる人間とパフォーマンスをする人間が分かれていてもいいんだよってことを明確にしたのは僕たちが初めてかもしれないですね。たとえば、海外ではラッパーとトラックメーカーが同じ人ってことは100%ないらしいですね。形は違えど、作詞作曲家の先生とか、シンガー・ソングライターやバンド以降のスタイルを提示してあげられたのかもしれないね。いまだと中田ヤスタカ、tofubeats、TeddyLoidなど新しい子たちが登場しているよね。

──TM NETWORKではデビュー時、1984年の段階からラップという表現方法をいちはやく取り入れられてましたが、globeでは、MARCをメンバーに起用したことでメインストリームにおいてラップ表現へのチャレンジをされたことが衝撃でした。

ラップは、自分の作曲における作詞面をサポートしてくれるひとつのアイテムなんだよね。たとえば3分間でメロディーばっかりあると、メロディーをいくつもリスナーが覚えなければいけない。だけど、ラップとコーラスパートがあることで、構成的に歌メロやコーラスパートが浮き彫りになってくるという。推したいメッセージ性はラップで伝えて、感情を表現したいときはメロディーで訴えかけるっていう。MARCとKEIKOがいることで表現の可能性が広がったわけです。男女がメンバーにいると、より一層ね。アンプリファイアというか、なんか、突如バーンっと出てくるエモーショナルな表現をしたいとき、その前の小節はメロディーがない方が良かったりするんですよ。

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