Oct 12, 2017

コラム

一次審査を任せられた、80年代のある文学賞の話

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 講談社の「星新一ショートショート・コンテスト」は1979年に行われ、ぼくはそこ出身であることも、過去に何度か書いた。このコンテストも、反響の大きさに翌年から毎年行われることになった。
 なんだか、初回実施年といい、毎年開催になった経緯といい「アマチュア声優コンテスト」とソックリだ。1979年というのは、コンテスト企画が流行っていたのだろうか? もちろん、このあと日本が80年代のバブル経済に突入していく経済的余裕が、そうさせたのだろうけど。

 課題のセリフを読んだ声をカセットテープに吹き込んで送る声優コンテストと違って、「星新一ショートショート・コンテスト」は、自分で物語を考えて原稿用紙に書いて送らなければならない。パソコンもワープロもない時代だから、当然手書き。郵送だ。規定は400字原稿用紙10枚以内。1枚でもいい。とはいえ、やはりハードルが高い。それでも毎年5000編前後もの応募作があった。

 1982年あたりからではなかったか? 初回の入選者から数人が、第一次審査員の役目を仰せつかったのだ。ぼくたちはこの数年の間、同じ講談社の「ショートショートランド」という小説誌にいくつか作品を発表していた。おそらくその様子と書くものを見ていて、編集部は「こいつらにやらせても大丈夫だ」と判断したのだろう。

 毎年秋になると、講談社編集部のU氏がご自身の車で、応募作が入った段ボール箱をエッチラオッチラと、当時ぼくが住んでいたアパートに届けにきてくれたのを憶えている。コピーをとっているとはいえ、業者さんにまかせて万が一紛失でもしたら大変なことになると考えてのことだろう。
 U氏は、審査の心得をこう言った。
「判断に迷うのは残してください。このあと、編集部による二次審査、そして星さんの最終審査もありますから」
「この作品は凄くいい! というのがあったら、わかるように印をつけておいてください」
 アマチュア声優コンテストの時と同じ。すべてコンテストとはこういうものだ。だからこっちは慣れたもの…という感じで応募作を読み始めたのだが、これがまったく違っていたのだ!

 声優コンテストは声と演技力を審査する。だから、最初十数秒聞いただけである程度はわかる。申し訳ないが、冒頭を聞いて、
「この声、あまりよくないな…」
 と感じたカセットテープは、最後まで聞かなくても判断ができる。
 ところが、今度はショートショートだ。ショートショートは、ラストにオチがある。冒頭を読んで、
「この話、あまり面白くないな…」
 と感じても、ひょっとしてラストに素晴らしいオチがあるかもしれないのだ。あるいは、冒頭が読みづらくて拙い文章だった場合でも、実はそれが巧みな伏線である可能性だってある。だから絶対に、ラストまで読まなければ判断できないのだ。
 そこが声優コンテストと決定的に違った。だから、一作一作、読むのにとても時間がかかる。

 このコンテストもまた、ここで選ばれるかどうかで応募者の人生が変わる可能性がある。それはぼく自身が経験していることなので、身に染みてわかる。だから、どの応募作からも沸き立つなにか気迫のようなものを感じながら、
(こりゃ、大変な審査だぞ…)
 と思ったのを憶えている。

 そして、1983年。この年も一次審査を手伝ったぼくは、ある応募作を読んで、
「おっ!」
 と声をあげた。

 

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藤井青銅

藤井青銅(ふじいせいどう)
23歳の時「第一回・星新一ショートショートコンテスト」入賞。これを機に作家・脚本家・放送作家となる。

書いたラジオドラマは数百本。腹話術師・いっこく堂の脚本・演出・プロデュースを行い、衝撃的デビューを飾る。最近は、落語家・柳家花緑に47都道府県のご当地新作落語を提供中。 著書「ラジオな日々」「ラジオにもほどがある」「誰もいそがない町」「笑う20世紀」「あなたに似た街」「【悲報】本能寺で何かあったらしい……光秀ブログ炎上中! 歴史Web2.0」…など多数。

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