Feb 28, 2022 column

『ナイル殺人事件』1978年版に続いて2度目の映画化にケネス・ブラナーはどう挑んだか?

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初めて明かされるポアロが戦争で負った傷

そして、今回のケネス・ブラナー監督・主演版の『ナイル殺人事件』は、前作の『オリエント急行殺人事件』(2017)でポアロ映画のリブートを果たしたブラナーによる第2作となり、70年代のポアロ映画が『オリエント急行〜』から『ナイル〜』へ、同じポアロ俳優で連作する予定が実現しなかったことを思えば、ようやく叶ったことになる。

前作の最後で、オリエント急行を降りたポアロのもとへ、エジプトに急行せよと報せが舞い込んできたので予想がついていたとは言え、44年ぶりの『ナイル〜』映画化は、公開が待たされただけに(再三上映が延期されていた)、期待は高まる。初めて観る人は、前半のエジプト遺跡観光を愉しみ、中盤からは蒸気船でナイル川を下る船旅の同乗者になったような気分になり、船内で起きる殺人事件にハラハラドキドキするに違いない。

しかも、よく知られた物語を新たに映画化するにあたり、ブラナーは意外なプロローグを用意している。なんと、1914年の第一次世界大戦中の戦場から始まるのである。モノクロの映像で塹壕を横移動の長回しで捉えたショットは、まるでスタンリー・キューブリックの『突撃』(1957)を思わせるほどで、若き日のポアロが〈灰色の脳細胞〉を駆使して作戦を展開させる。しかし爆発によって隊長は死亡し、ポアロも顔に大きな傷を負う。そこで口ひげを生やすことにして、おなじみのポアロが誕生することになる。

原作にはないエピソードが付け加えられたことで、従来のファンも驚かせてくれるわけだが、こうしたアプローチは我が国の名探偵・金田一耕助でも近年試みられている。長谷川博己が金田一を演じた『獄門島』(2016)では、戦地での過酷な体験を引きずり、精神に傷を負った青年として現れる。

ミステリの名作を映画化する際に、犯人を変えたり不要な脚色を行うと、まず間違いなく悲惨な結末をたどることになる。ストーリーを、ほぼそのままに映像化する場合、新たに手をつけることが出来るのは個々のキャラクターの性格付けと関係性に絞られる。

特にポアロや金田一のような名探偵は、何度も映像化されておなじみになっていることもあり、何らかのトラウマなり、過去の傷を背負わせることでキャラに奥行きを出すことで程よい変化が生じる。共に戦争体験がクローズアップされた脚色が行われたのは必然かもしれない。

もうひとつ、主人公の登場を早めるという効果もある。事件が起きなければ不要な存在のため、いきおいミステリ映画では探偵が登場するまで時間がかかり、事件の渦中に入り込むまでは存在感も薄い。78 年版の『ナイル〜』では、ポアロが登場するまで約15分かかっている。

今回は冒頭に戦場シーンがあり、続いて1937年のロンドンに移ると、ナイトクラブを訪れたポアロが、大富豪の娘であるリネット・リッジウェイ(ガル・ガドット)と、親友のジャクリーン・ド・ベルフォール(エマ・マッキー)の対面を目撃する。その席でジャクリーンの婚約者サイモン・ドイル(アーミー・ハマー)が紹介されるが、ひと月半の後、エジプトへ新婚旅行に来たのは、ジャクリーンとサイモンではなく、リネットとサイモンだった。こうして、ポアロは映画の始まりから、主人公として中心に居座り、すべてを見渡しながら事件の渦中へと足を踏み入れていく。