神経を削るサウンドデザイン
ギャーンギャーンと、けたたましく鳴り響く赤ん坊の泣き声は、聴いているだけで神経がすり減っていく。その正体は、赤ん坊の声にライオンやクマの子どもの鳴き声を重ね合わせた特殊な音響。荒々しい呼吸音には、なんと大人の男性のいびきがミックスされているという。
さらに、この鳴き声のミックスには伝説的メタルバンド『セパルトゥラ』の元ボーカルのマックス・カヴァレラまでが参加。彼が発するうめき声は、まるで樹木がうなっているかのような不気味な音として、ひっそりと忍ばせられている。ヘヴィメタルの咆哮を自然のノイズと融合させることで、サーガが抱える極限状態を観客に疑似体験させているのだ。

凄まじい音響に脳を揺さぶられるうち、サーガの目に映る赤ん坊は、どんどん人間離れした存在へと変貌していく。クリニックの医師が「新しい生き物は、母親にとってエイリアンみたいなもの」だと語っていたとおり、愛すべき我が子が、母親の心身を削り取っていく怪物として映し出される。
「赤ん坊=エイリアン」としてのクリーチャー感を表現するにあたって、ハンナ・ベルイホルム監督はCGではなく、パペットを採用。造形には『スター・ウォーズ』シリーズなどを手がけたグスタフ・ホーゲン、特殊メイクには『ゲーム・オブ・スローンズ』などに携わったコナー・オサリバンといったトップクリエイターが集結。画面から伝わる気味悪さは、職人技が光る実写特撮だからこそ生み出せた質感だ。

物語は次第に、人間の近代的合理性と自然界の太古の力との対立がはっきりしてくる。その象徴が赤ん坊の名前だ。もともとジョンは、生まれた息子に、牧師である自分の父と同じ「クリスチャン」という名を付ける予定だった。しかし、森から何らかの不吉なメッセージを受け取ったサーガは、親戚縁者の目の前で、突然彼を「クーラ」と名付ける。
フィンランド語で霜を意味するこの名前は、キリスト教的な祝福から我が子を引きはがす。劇中でジョンの母親が「祝福を受けない子はトロールにさらわれる」と語っていたように、クーラはまるで森のバケモノと同化してしまったかのよう。大人がいくらなだめても泣き止まない彼は、森の風が吹いたときにだけ静寂を取り戻す。
森を這い回るその姿は、心身をすり減らし切ったサーガが抱える、途方もない重圧や不安そのものだ。母親という世間の理想像に縛られ、誰にも理解されない産後の孤独がいかに女性を追い詰めるか。この異形の姿は、そんな言葉にならないSOSのサインとして響いてくる。

惨劇か? 解放か? モンスターの正体とは
物語のラストシーンは、目を覆いたくなるような衝撃の展開を迎える。しかし、映画全体を振り返ると、これはただの凄惨な悲劇というよりも、ある種の解放——世間が押し付けてきた、正しい親という役割を脱ぎ捨てること——に見えてくる。

主演のセイディ・ハーラが、「多くのものを壊す多大な苦痛を伴ってでも、それこそが彼女の進むべき唯一の道だった」と解釈しているように、避けて通れない必然的な通過儀礼なのだ。そしてハンナ・ベルイホルム監督は「人間同士のコミュニケーションのすれ違いは、滑稽であると同時に悲哀に満ちています」と語る。
良かれと思って行動するほどすれ違い、噛み合わない不器用な夫婦。だからこそ、この血みどろの惨劇は、そんな夫婦がたどり着いた最高に皮肉で滑稽なブラックコメディの結末としても映るのだ。

なぜ赤ん坊が、不気味なモンスターに見えていたのか?
おそらくこの映画の全編は、出産後、極度に追い詰められたサーガの主観そのものだったのだろう。私たち観客が目撃してきた異形の赤ん坊は、彼女の精神が生み出した幻影だったのではないか。理想の母親像に自分を当てはめようとすればするほど、現実とのギャップに苦しめられる。だからこそ、愛する我が子がエイリアンに見え、周囲の何気ない言葉すら自分を攻撃する刃のように聞こえていたのだ。
彼女を極限まで追い詰めた本当のモンスターは、泣き叫ぶ赤ん坊でも、母親自身でもない。それは、女性を特定の役割へと無意識に縛り付けようとする、目に見えない社会の固定観念そのものだ。北欧から届けられたダークホラー『ナイトボーン -夜哭-』は、”完璧な母性”という呪縛を打ち砕くための、強烈な一撃なのである。
文 / 竹島ルイ

子供を望む新婚夫婦サーガとジョンは、理想の子育てを夢見て、サーガの故郷であるフィンランドの森深い田舎町へと移り住む。北欧神話の気配が今なお息づく、神秘的な森に抱かれながら結ばれた二人は、やがて待望の子供を授かる。愛する夫と我が子との幸せな暮らし──サーガは、その未来を信じて疑わなかった。あの産声を聞くまでは。「この子は、“何かがおかしい”」生まれた我が子に拭いきれない違和感を覚えるサーガ。不安は次第に恐怖へと姿を変え、やがて狂気へと暴走していく。そしてサーガが辿り着く、恐るべき真実とは‥‥。
監督:ハンナ・ベルイホルム
出演:セイディ・ハーラ、ルパート・グリント
配給:NOROSHI、ギャガ
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2026年8月28日(金) ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
公式サイト nightborn_NOROSHI