Aug 04, 2026 column

少年と自然のダイアローグを導く 映画『白パンと独裁者』の絵画のような疎開島 (vol.92)

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砂丘、海、アザラシ、そして独裁者の影

監督ファティ・アキンの撮影監督は今回、ハリウッド映画『スターゲイト』(1994) や『インディペンデンス・デイ』(1996) で名を成した撮影監督のカール・ウォルター・リンデンローブ。アキン監督と長年タッグを組んできた撮影監督レイナー・クラウスマンは、『RHEINGOLD ラインゴールド』(2022)を最後に引退。リンデンローブは、もともとボームが本作の撮影監督として起用していた人物で、アキン監督がその布陣を引き継いだのだという。

この映画で最も難しかったのは、島の美しくも、厳しい自然をどうリアルに撮影するかだったそう。ハリウッドの特殊効果映像とは別の意味で、チャレンジだったというリンデンローブは、少年のころ、ハンブルクで育ち、北海に浮かぶ平坦な島の風景に馴染みがあった。広い空、どこまでも続く雲、そして北欧に近いデンマークとの国境に吹く風。もっとも大変だったのは、その島のエコシステム、干潟を舞台としている少年の冒険シーン。干潟は海や川から流れた砂や泥が、干潮時に姿を現す広大な平地で、そのエコシステムは鳥が卵を産むなど、生き物が成長していく上でゆりかごのような存在でもあるそうだ。そんな干潟はナニング少年が大人になっていく上で、多くを学ぶ場所でもあって、見る人の想像を絶する自然の脅威を見せつける。

撮影監督のリンデンローブは、ARRIのインタビューで、外景では主に自然光を使い、可能な限りマジックアワーを狙ったと語っている。雨の合間や潮位が適切になる短い時間を逃さず撮影する必要があったという。アキン監督もまた、少年役のジャスパーの学業の妨げにならないように、毎日3時間という撮影時間の契約を守らなくてはならなかった。その干潟の満潮・干潮の時間を計算し、少年と同じくらい小柄な18歳の女優2人を代役としてリハーサルに起用し、ごく限られたマジックアワーの時間内に、台本のつなぎが途切れないようにドラマを撮影することが大変だったと語る。ジャスパー少年は、セイリングスクールで行われた公開オーディションで見つかった、水泳も得意な少年だった。満潮に合わせて自転車ごと溺れそうになる場面を撮影した際は、開始時にはまだ小川だった場所が約1時間後には海のような状態になるなど、撮影は時間との闘いだった。その自然と向き合うという行為が、監督にとってはとくに今、必要なことで、フリードリヒのロマン主義絵画が生まれた産業化の時代と同様、AIが発達する現在もまた、人間が振り返るべき自然はシネマの中でも重要なポイント。自らの立ち位置を考える対話の始まりになってくれればという。

2026年2月、ヴィム・ベンダース監督がベルリン国際映画祭の国際審査員記者会見での発言で議論を呼び、「我々 (フィルムメーカー) は政治から距離を置かねばならない」と発言したことに触れ、アキン監督は、どんなテーマであろうと、人間が押せば引く、という反作用がかならず生まれることは確かだと述べる。チャップリンがどれだけ政治的な内容を取り上げようと、さまざまな人に受け入れられていた理由について、人間にはどこかで共有できる動物的な愛や関係性があるはずであり、シネマは永遠に、我々のコミュニケーションの場であるべきだと熱く語っていたのが印象的だった。

文 / 宮国訪香子

作品情報
映画『白パンと独裁者』

1945年、第二次世界大戦末期のドイツ北部・アムルム島は、本土へ向かう爆撃機が上空を飛行しながらも、どこか楽園のような静寂を保っていた。疎開してきた12歳の少年・ナニングは、戦地から戻らぬ父に代わり、農作業を手伝い妊娠中の母ら家族を支えている。しかし、ヒトラーに心酔する母・ヒレが彼の訃報を受けて心身ともに崩壊してしまうと、ナニングの日常も一変していく。生気を失い、食事を拒むヒレが唯一欲したのは、たっぷりのバターとはちみつが塗られた白パンだった。

監督:ファティ・アキン

出演:ジャスパー・ビラーベック、ローラ・トンケ、リーザ・ハークマイスター、キアン・ケップケ、ダイアン・クルーガー

配給:ビターズ・エンド

©2025BomberoInternationalGmbh&Co.Kg

2026年8月7日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。