ハリウッド最大級の映画の祭典、第95回アカデミー賞が無事放映された。今年のトレンドは白のドレス。
2020年初頭から続いていた新型コロナの米国家非常事態宣言も5月11日には解除になることをふまえてか、生まれ変わりがテーマのような白を纏うスターたちが続々登場。去年のアカデミー賞における前代未聞のウィル・スミスのビンタ事件とは打って変わり、再スタートに立ったスターたちが、春の訪れを艶やかに彩っていた。選ばれた10作品中7部門を制覇したのがA24の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。4部門受賞となったのが、ネットフリックス・オリジナル の独映画『西部戦線異状なし』。戦争反対、そして世界を救う愛が炸裂する結果となった。
アカデミー賞史上初のアジア人受賞となった『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の主演女優ミシェル・ヨー。近年、ハリウッドでは人種の違いが常に話題で、今回の受賞の見出しも、「マレーシア出身」と表記されたものは少なく、アジア圏出身者を総合した「アジア人女優」という言い方や、2度目の「カラード(有色人ー白人でない)・ウーマン」の主演女優賞受賞という表記も登場。適切な表現を模索しすぎて非難されるツイッターまで出てくるほど、記者たちも試行錯誤していた。
もちろん、人種で選ぶわけではないアカデミー賞。しかし近年まで、ハリウッドで主役級のアジア人がほぼ存在しなかっただけでなく、南カリフォルニア大学を中心に行った2007年から2019までのハリウッド映画1300作品の調査では、台詞のあるアジア人役が平均5.9%しかなかった事実がある。
ベストセラー小説『クレイジー・リッチ・アジアンズ』の映画化でさえ、主役を白人に置き換えられる可能性があったというくらい、アジア系俳優が主役に起用されなかった歴史は長い。歴史をさかのぼれば、助演女優賞で初めてアジア人女優が受賞したのが『サヨナラ』(1957)の日本人、ナンシー梅木。映画『ミナリ』(2020) で韓国女優ユン・ヨジュンが2人目のアジア人助演女優受賞者。今回のミシェル・ヨーの主演女優賞はアカデミー賞95年目、そしてアメリカ映画史上、まさしく快挙なのである。
香港映画最盛期を知っている人にとって、女優ミシェル・ヨーはカンフー・アクション映画界の女王的存在だった。当時、一世を風靡した大プロデューサー、サモ・ハン・キンポーのスカウト以来、ジャッキー・チェン主演シリーズ最高傑作『ポリス・ストーリー3 』(1992) で美人警官役を演じ、多くの映画ファンを魅了。『レディ・ファイター 詠春拳伝説』(1994) の中国武術を操る女性拳法家の役などに至るまで、ハリウッドの大女優に劣ることのない経歴を持つ。英語が第2言語というハンデもあり、ハリウッド映画では台詞の少ない007シリーズ『トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997)に出演するなど、下積みを重ね、アン・リー監督の『グリーン・デスティニー』 (2000) がハリウッド大ブレイクの一作品。映画『クレイジー・リッチ』(2018) の厳格な母役で改めて注目され、今回、香港アクションをリアルに蘇らせたいという監督ダニエルズの映画『エブエブ』の主役に抜擢されたのである。
作品賞、編集賞ほか、ノミネートされた11部門中7部門を受賞した映画『エブエブ』。コインランドリーを営むエブリンは夫と意思の疎通が出来ず、気難しい父の世話や、一人娘がレズビアンであることに悩む母親である。そんなエブリンがいきなり多次元空間に飛ばされ、あらゆる次元で習得する技で世界を救うキーパーソンになるというこの映画。コメディ・SF・ホラーなど、ジャンルをミックスした破茶滅茶な作品で、アカデミー賞7部門を制覇したあとでも、作品賞としての評価はまちまち。英国アカデミー賞、BAFTAでは編集賞のみの受賞となっている。
しかし、平凡な中年女性エブリンが、全宇宙にカオスをもたらす強大な悪に立ち向かうという物語の根底には、娘が暗闇の崖っぷちに立っていることに気がつかなかった母の葛藤がある。自身の無力を熟知しつつ、娘のために、最後まであきらめない母の愛がこの映画の主軸にある。
ダニエルズ監督、主演男優賞を受賞したキー・ホイ・クァン、そして助演女優賞を受賞した女優ジェイミー・リー・カーティスもスピーチで、それぞれの母へ感謝。女優ミシェル・ヨーは「この喜びを私の母、そして世界中のすべての母に捧げます。なぜなら、あなた方がスーパースターであり、あなたたちが居なければ、今夜、ここにいる私たちは誰一人として存在しないのですから。」と世界中の母に感謝。さらには、「誰にも女性の盛りを過ぎたと言わせちゃだめよ。」と、同年代の女優、そしてアジア圏の女優たちにエールを送っていた。