古今東西のホラー/スリラー映画の髄を集めた一作ともいえる『ブリング・ハー・バック』。では逆に、本作のオリジナリティはどこにあるのだろう? 個人的な感覚だが、それは容赦ない《痛み》の描写にある。映画IQの高さがあふれたエレガントなつくりの本作だが、暴力性においてはとにかく直接的。あえて詳細を映さず、観客の想像に任せるアプローチを行うことなく、あっけらかんと過激な描写を真正面から映し出す。思えば前作『TALK TO ME』も、霊障を負った弟の肉体が損壊していくさまが極めて強烈だったが、本作ではその上を行く。例えばオリヴァーが包丁を口に入れ、ズタズタになりながらも噛み続けるシーンは耐性がない観客には正直、目を背けたくなるトラウマ級のもの。撮影では当然作り物を使用したが、なんと監督が実際にナイフを噛んで音響デザインを行ったという気合の入りよう。これは間違いなくフィリッポウ兄弟が自分たちの「味」として意識的にエスカレートさせたものだろう。正直、あまりにも苛烈なため、初鑑賞時はしっかりおののきながらも「なぜ、そこまでするのか? 」という疑問が筆者の脳裏に浮かんだのも事実。日本ではR15+指定だが、それがぬるく思えるほど身体の節々に残痛を与える作品であることは間違いなく、攻めすぎの部分をどう捉えるかは人によって真っ二つに分かれることだろう。ただ、僕は観賞後に自分なりに思考し、一つの考えに至った。これもまた、劇場映画というメディアの特性なのだと。

日本でも封切からほどなく興収1億円のヒットを記録している『シラート』も、方向性こそ違えど直接的に“死”を映し出す作品だ。そして「ネタバレの出来なさ」「音響の異常さ」といった武器を持っており、いずれも「劇場映画」に特化した特徴に思える。そして『ブリング・ハー・バック』は、視聴制限こそ付くものの「BANされない」部分に勝機を見出したように感じられる。YouTubeで闘ってきたフィリッポウ兄弟のことだ、SNSも含めたネット上は無法地帯のように見えて、特に近年は検閲も厳しくなっており、何をすれば削除/閲覧不可になるかを熟知しているはず。対して映画は、もちろんコンプライアンスの順守や様々なプロセスを経たうえで上映されるものではあれど、いざ始まってしまえば制作者の自由度は保証されている。目をつぶり耳をふさぎ、或いは席を立つなどのアクションを起こさない限り、観客は真っ暗な密室から逃げられない。映画を愛し深く理解すればこそ、その優位性をフル活用した慧眼――やはりこの2人、ただものではない。
文 / SYO

父親を亡くしたアンディと目の不自由なパイパーの兄妹は、とても親切な里親ローラの元で暮らし始めることになる。そこには言葉を話さない男の子オリヴァーが一緒に住んでいた。ローラの異様なまでの愛情にアンディは違和感を覚えながらも新たな生活を始める。次々起きる不穏な出来事、点在する謎の円のモチーフ、そしてオリヴァーの存在。それらが全て繋がった時、隠されていたローラの“恐るべき願い”が明かされる。
監督:ダニー・フィリッポウ & マイケル・フィリッポウ
出演:ビリー・バラット、ソラ・ウォン、サリー・ホーキンス、ジョナ・レン・フィリップス ほか
配給:ハピネットファントム・スタジオ
© 2025 RACKAWAY PTY LTD All Rights Reserved
2026年7月10日(金) 新宿ピカデリーほか全国公開
公式サイト bhb