父親を亡くしたアンディ (ビリー・バラット) と⽬の不⾃由なパイパー (ソラ・ウォン) の兄妹。途方に暮れていた2人は、⾥親を買って出た親切な女性ローラ (サリー・ホーキンス) のもとに引き取られることに。ローラと同居する⾔葉を話さない少年オリヴァー (ジョナ・レン・フィリップス) に戸惑いつつも新生活が始まるが、兄妹は徐々に異変に気づき――。
『TALK TO ME』は設定や演出こそ今風のものだったが、その骨格やテーマは普遍的でクラシックな、実に映画らしいものだった。そして『ブリング・ハー・バック』は、YouTuber出身という色眼鏡で見られがちな彼らがさらに「映画監督」としての自身を探求したような――「硬派」な香りが漂う作品となっている。少なくとも物語展開においては奇抜さは感じられず、あえて王道を選択する覚悟がみなぎっている。序盤から察しがつくように、亡くなった娘を蘇らそうとする母親の狂気がエスカレートするさまがビビッドに描かれていくのだ。我が子の喪失と代替を求めるという意味では『ペット・セメタリー』から、近作では『LAMB/ラム』『アンデッド/愛しき者の不在』『近畿地方のある場所について』に至るまで描かれ続けてきたテーマであり、すんなりと受け入れられるものだろう。ホラーではないが、直近では『ハムネット』のジェシー・バックリーが我が子を失う痛みを全身全霊で体現し、アカデミー賞主演女優賞に輝いたばかり。
そして継母がヤバい人だった案件といえば、グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」や「白雪姫」「シンデレラ」等々、枚挙にいとまがない。もちろん“ヤバさ”の方向性は異なるものの、孤立無援の子どもたちが圧倒的逆境をどう打開してゆくかという点においては『ブリング・ハー・バック』も共通し、兄妹という構造的にも「ヘンゼルとグレーテル」を想起する方も多いだろう。本作においては妹が目が不自由=見えない恐怖という要素が加わっているが、往年のスリラー『暗くなるまで待って』然り、これもまた“家”と組み合わさることで効果を発揮するものだ。さらに、明らかに何かがおかしい物言わぬ少年といえば、胸糞映画として名高い『胸騒ぎ』味も感じられる。
このように、観客がこれまで通ってきた映画を思い出すような愛ある目配せが随所に感じられる『ブリング・ハー・バック』。その最たる例が、『シェイプ・オブ・ウォーター』や『ブルージャスミン』『パディントン』シリーズで知られる名優サリー・ホーキンスの起用だろう。主人公を追い詰める側の演技が恐ろしく、狂的な怪演であるほど面白いのは『ミザリー』や『シャイニング』『羊たちの沈黙』『IT』シリーズ、本年度のアカデミー賞で助演女優賞を獲得した『WEAPONS/ウェポンズ』等々、いわば鉄板。サリー・ホーキンスの演技には破滅的な危うさがあり、パワフルな怖さとは真逆のひりつくようなもの。特殊能力を持っているわけでも腕力で支配してくるわけでもないが、狂信者的な「善悪や倫理、道徳といったボーダーを越えてしまっているがゆえに何をしてくるかわからない」ヤバさが充満している。きっと元々は普通の善き母だったのだろうと感じさせるヴィランとして未完成な部分や、突発的な行動に出てしまう拙さと用意周到な老獪さが混在するちぐはぐさが妙に生々しく、強烈なインパクトを刻み付ける。映画単体としても機能しているが、映画好きにとってはまた別のレイヤーで楽しめること請け合いだ。


