効率化を捨てた先に宿る美学
驚かされるのは、ハリウッド基準では超格安の約1000万ドルで作られていること。作り手たちは安易なVFXに頼ることなく、徹底したアナログ手法にこだわっている。ガラスに手描きするマットペイントをあえて復活させている。
またアメリカへ渡る船のシーンでは本物の復元帆船イェーテボリ号を借用したが、沖に出す予算がないとわかると、港に停泊させたまま巨大な降雨タワーを設置。俳優自身を傾けさせ、カメラを逆方向に振るという映画黎明期ばりの力技で嵐の揺れを表現した。35mmフィルムでの撮影においても、本物のキャンドルの光を歪みなく捉えるためだけにシグマ製のシネレンズを厳選するという、異常なこだわりっぷりだ。

この力技の果てに生み出された映像体験は、しびれるほどスリリング。マンチェスターが舞台となる前半では、バロック絵画を彷彿とさせる深い陰影を取り入れ、ワインレッドやオリーブ色が画面を重々しく支配する。しかしアメリカが舞台となる後半となると、画面は一気にまばゆい光に満ちたランドスケープへと激変。カメラワークも、一歩引いた観察者から、被写体の輪に自ら飛び込んで共に揺れ動く能動的な参加者へとシフトしていく。
この視覚的カタルシスをさらに爆発させるのが、緻密に計算された振付だ。振付師セリア・ロウルソン=ホールによるダンスには、ただ感情のままに動くのではなく、極めて明確なナラティブが込められている。
たとえば、腕から古い皮膚を剥ぎ取るような動き。これは、牢獄で極度の飢餓状態に陥ったアンの身体を覆った産毛(=過去の罪や古い肉体)を削ぎ落とし、魂が純化して再生していくプロセスを体現したものだ。また、お腹を確かめるようなジェスチャーは、4人の子どもを亡くした巨大なトラウマを抱きしめ、自らを世界全体の母親へと昇華させていく悲痛な祈りを表している。

アン・リーは「千年の寿命があると思ってすべての仕事をしなさい。そして、明日死ななければならないと分かっているかのように働きなさい」と説いた。極限まで無駄を削ぎ落としたモノづくりの手作業は、彼らにとってそれ自体が神への「礼拝」であり「捧げ物」だった。
ファストヴォルド監督が「作品をこの世に存在させるために完璧を目指すことには、ある種の狂気がある」と語るとおり、タイパや効率化をガン無視し、泥臭い肉体労働とアナログな力技に膨大な熱量を注ぎ込んだ映画制作者たちの姿勢は、この生き様と完全にシンクロしている。彼らがフィルムやレンズに込めた執念もまた、映画というフォーマットに対する切実な「祈り」なのだ。
文 / 竹島ルイ

18世紀のイギリス、貧しい鍛治職人の家に生まれたアンは信仰心の厚い女性として育つ。4人の子供を授かるも、全てを幼くして失うという悲痛な体験の中、自らが“キリストの女性の姿の生まれ変わり”である、確信的な啓示を得る。彼女の性別、人種の平等を説く生き方は多くの人々を惹きつけていくのだったが、反感や警戒を感じる勢力から苛烈な迫害を受けていく。わずか8人の信徒とともにアメリカに渡り、性別、人種の平等信仰をもとにした理想の生活を実現するユートピアを求めるのだったが、そこでも大いなる困難が待ち構えていたのだった。
監督:モナ・ファストヴォールド
出演:アマンダ・セイフライド、ルイス・プルマン、トーマシン・マッケンジーほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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2026年6月5日(金) 全国公開
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