Jul 14, 2019 column

『薄暮』、そして中編アニメが見せる面白さと可能性

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この数年、ビデオアニメの先行上映などアニメの劇場配信(イベント上映)は活況だ。常時なにかの作品が劇場にかかっているし、その本数からアニメ上映に力を入れる劇場も多い。さらにはアニメ専門に舵を切る劇場も出てきた。

ビデオアニメが主であることもあって劇場配信作品では60分前後ほどの中編となることが多いが、新作映画でも中編の作品が登場するようになってきた。興行上の扱いとしては分けられるのだろうが、すでに観客的には「ビデオ作品の劇場上映」と「劇場用新作」の違いは低い。

その中。中編アニメ映画『薄暮』が公開となっている。

(公式サイト:https://www.hakubo-movie.jp/

震災で福島県いわき市に引っ越してきた高校1年生の少女・佐智と、同じく避難住民である画を描くことが好きな少年・祐介。いわきでの生活もすでに8年となり、土地にも馴染み友人もいるが、しかしどうしても周囲に対し打ち解けきれない心の薄い壁は晴れないままの日々を送る2人が出会い、小さな恋が始まる。

『涼宮ハルヒの憂鬱』(06)などを手がけアニメファンにはおなじみである山本寛監督が原作・脚本・プロデュース・音響監督もてがけた52分の劇場用オリジナル作品。製作開始当初からクラウドファンディングでの出資募集と、その目標額到達の早さなどからも注目を集めた。その歯に衣きせぬ発言が何かと話題となり反発を招くことも多い山本監督であるが、新作に期待をよせるファンもまた多いことを示している。

『薄暮』は監督が手がけてきた『blossom』(12年、6分の短編作品)、『Wake Up, Girls!』(14年の劇場作品およびTVシリーズ)に続く「東北三部作」の3作目(最終作)となる。“部作”といってもシリーズではなくそれぞれは独立した作品で、これは東日本大震災での被災地3県を舞台にした作品を作ることでの復興プロジェクトとしてはじまったもの。

そのような主旨があるとは言え『薄暮』は震災そのもの描く作品ではない。“それがあった”“経験した”2人の高校生が惹かれあっていく物語だ。彼らはその経験によってこの世界の美しさ・楽しさが見えなくなってしまっているが、2人で見る夕暮れと夜の間の一瞬の空の景色がそれを思いださせていく。当事者たちの見える景色、世界を変えていくものを革命だと呼ぶのなら、恋(それも初恋)というものは人生における原初の革命の1つだ。この映画はその革命の瞬間だけを描いている。その革命が悲劇を経験した2人に光のある世界を見せていく。

心象・景色を音で表現したいヒロイン・佐智。それを筆で表現したい男の子・祐介。そのままの音、そのままの景色ではなく、自分たちが受け止めた風景と音を自分たちの表現手段(彼らにとっての言葉)でどう伝えるのか。だからこの作品は現実にあるものを写す実写作品ではなく、全てを1から作り出すアニメという手段なのだろう。すでに長編実写映画『私の優しくない先輩』(10)も手がけている山本監督が、本作をアニメで描くことにこだわったのはそういうことではないかと思う。

派手な事件などは何も起こらない、夕暮れ時に一瞬だけ見える空の景色が彼女と彼の心情を映し出すさまを詩的という感覚で映し出す。いかにも思春期まっただ中らしい、相手が気になるがなかなか踏み出せない微妙な心理が描かれ、こちらも見ているとムズムズと照れくさくなってくるものがあり、すっかり忘れていた甘酸っぱさがこみ上げてくる。

正直なところ、素人目でも「このあたりはもっと力を入れたかったのではないか」と感じる箇所もあるのだが、伝えようとしていることは損なわれることなく伝わってくる。驚いたのは、すでに40代半ばである監督が10代中盤のこんな青々しい心情を描いたことで、ついこの間まで高校生だった人間が描いたのではないかと思うほどだ。これに比べたら実写・アニメ問わず幾多の高校生初恋映画の名作と呼ばれる作品のほとんどですら「あ、大人が大人の考える思春期像で作ったものだったんだ」と思わされてしまう。