Sep 23, 2026 interview

門脇康平 監督が語る 30年以上にわたる友情と、記憶の中に残る“あの頃”をアニメーションにした理由 映画『我々は宇宙人』

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平成のある田舎町。内気で“普通”であることに悩む少年・翼は、小学3年生の春、クラスの人気者で“特別”な存在の暁太郎と出会い、親友になる。二人だけの遊び、意味のない会話、夕暮れの帰り道‥‥。世界は確かに、彼らのものだった。
しかし、ある日を境に、暁太郎はクラスの中で浮いた存在となり、噂や視線が彼を囲んでいく。やがて、取り返しのつかない事件が起き、二人の関係を大きく変えていった——。これは二人の青春物語なのか、それとも消したい記憶なのか。30年以上にわたる友情を描いた、かぎりなく青い旅立ちの物語。

舞台映像やCM、PV、MVなどを手がける若手アニメーション作家・門脇康平による初の長編アニメーション映画『我々は宇宙人』。翼役の坂東龍汰、暁太郎役の岡山天音ら、若手実力派俳優たちが絵に命を吹き込む。国内公開に先駆け、第79回カンヌ国際映画祭監督週間に正式出品され、アヌシー国際アニメーション映画祭2026の長編コンペティション部門にも選出された。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が、映画好きな業界人と語り合う『映画は愛よ!』。今回は『我々は宇宙人』の門脇康平監督に、本作や映画への思いなどを伺いました。

“絵を描くのが好き”からパラパラマンガ、アニメーション監督に至るまで

池ノ辺 監督が、アニメのお仕事をはじめたきっかけは何だったんですか。

門脇 絵を描くのが好きだったから、というのが大きな理由の一つです。幼少期から絵を描くのが大好きで、自分の描いた絵をアニメーションにして動くところを見るのも好きだし、それをみんなに見てもらうのも好きでした。みんなが見たいと思っていてもこの世にまだ無いものを、自分が作って見せてあげたい。そういう欲求のようなものが強くあったんです。この作品もまさにそうで、自分が昔感じていた空気のようなものをアニメーションに閉じ込めて、それを自分が見たい、こういうかたちではまだ誰もやっていないはずだから、観たいいと思っている人はいっぱいいるはずだ、と思って作った作品です。

池ノ辺 じゃあ、自分が好きなことが結果としてプロモーションビデオやミュージックビデオ、そして今回の映画になったりということなんですね。

門脇 ざっくり言うとそうですね。細かく言うと、中学生くらいまでは画家になりたいと思っていたんです。それが高校生のときに、小さい頃に観たドラえもんの映画を観返してみたらすごく感動して‥‥。そこからは画家ではなく、アニメ映画の監督になりたいと思うようになっていきました。ただ、アニメーションを本格的に作ったのは20歳を超えてからだと思います。

池ノ辺 大学時代には作り始めていたんですね。

門脇 実写の映像は中学生の頃に友達と遊びで撮っていました。デジカメで友達を撮って、パソコンのソフトでカットしてつなげて音を載せ、コメディ映像のようなものを作って友達と大喜びしたのが最初です。そういえば、中学生の頃にアニメのようなものも作っていました。

池ノ辺 それはどんなものですか。

門脇 家にあった電子辞書に、検索に使う手書きメモ機能が付いていたんです。100枚くらい描けるようになっていて、次ページ送りのボタンを連打するとパラパラマンガのように見えることに気づいて、そこに棒人間がミサイルに追いかけられているパラパラマンガを作って友達に見せていました。それが自分の人生初のアニメーションです。見せるために一生懸命連打して。

池ノ辺 ウケたんじゃないですか?

門脇 ウケましたね。

池ノ辺 その頃の楽しさとか、喜んでもらった嬉しさとか、そんなことの延長が今につながっているんですね。

門脇 そうですね。小さい頃から、学校の担任の先生に富士山の絵を描いてプレゼントするとか、友達に何かのキャラクターを描いてと言われて描いてあげたら喜ばれたとか、パラパラマンガを見せて喜ばれたとか、とにかくそういうものを作って喜ばせたいという気質ができていったのかもしれないです。