2025年9月18日、日本国内の映画界に激震が走った。東宝が、2026年1月より、同社の子会社で洋画配給を手がける東宝東和、東和ピクチャーズを通して、米ワーナー・ブラザースのすべての洋画作品の劇場配給を行うと発表したのだ。ワーナー ブラザース ジャパンの劇場配給部門は事実上の解体となり、現在のメンバーは東宝東和へとその業務を引き継ぐという。これによってワーナー・ブラザースの日本支社における洋画の劇場配給事業の100年の歴史は、幕を閉じることとなった。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』。今回は、元ワーナー ブラザース ジャパン上席執行役員で映画部門代表バイスプレジデントの山田邦雄氏に、33年間勤めたワーナーでの思い出や映画への思いなどを伺いました。


大ヒット作品と共に歩んだ華麗なる33年
池ノ辺 山田さんはワーナーに何年いたことになるんですか。
山田 33年です。
池ノ辺 ワーナーはいかがでしたか。
山田 33年いたので、いろいろありましたが、素晴らしい会社です。さっきもお話ししましたが、メジャーのスタジオでローカル・プロダクションをスタートさせたのもワーナーですし、今では当たり前のようにあるシネマコンプレックス、シネコンも、1993年のワーナー・マイカル・シネマズ海老名が初めでした。非常にパイオニア的な会社だったのでチャレンジもありましたけど、それゆえに学ぶこともたくさんありました。
池ノ辺 大ヒットがたくさんありましたね。
山田 2000年初頭には、『A.I.』(2001) から始まって、『ハリー・ポッター』シリーズ (2002〜) 、『オーシャンズ11』(2001) 、『ラスト サムライ』(2003) 、『硫黄島からの手紙』(2006) といった大作を世に出すことができて、年間興行収入も300億円超えを2年連続で達成しました。本当にさまざまな経験をさせてもらったと思います。
ワーナーは働いている人たちを大切にするスタジオだと思います。先ほどのクリエイティブの話もそうですが、日本の宣伝手法を尊重し、各国に権限をある程度任せてくれていたので、とても仕事は進めやすかったと思います。もちろん仕事ですから大変なこともたくさんありましたが、会社としてのブランド力があり、進むべき方向性や戦略も明確だったので、私たちはそれに向かって進んでいくだけでした。

池ノ辺 時代の流れでこういう形になったわけですが、最近では20世紀フォックスがディズニーに買収されたり、本当にいつ何が起きるかわからない中で、それでも「洋画が好きだから、配給されている作品が好きだから」という気持ちでみんな続けているんですよね。それはすごく大切なことだと思います。
山田 ワーナーも本当に良い映画を作ってきました。いろいろなジャンルを制作している会社なので、やっぱり面白かったです。
池ノ辺 これからハリウッドはどうなっちゃうのかしら?
山田 各スタジオ、特にメジャースタジオはどこもかなり大変な状況だと思います。コロナ禍やストライキもありましたし、世界的に見ても、ロシアではアメリカ映画の上映ができず、中国でも政治的な影響で上映本数が減っています。さらに日本や韓国でも洋画のシェアは落ちてきています。これまで大きな利益を生んでいた国々で、以前のように数字を伸ばすのが難しくなってる状況ですね。それに配信サービスも伸びているので、メジャースタジオにとってはかなり厳しい時代になっているとは思います。映画作りにはお金もかかりますからね。
