第98回アカデミー賞のノミネート作品が現地時間1月22日木曜日にロサンゼルスで発表された。今年の国際長編映画部門ノミネートのショートリストに選ばれていた日本出品『国宝』は、メイクアップ&ヘアスタイリングのノミネートに食い込んだ。一歩手前のショートリストで選ばれていた各国からは、我々の社会が抱える問題を真摯に描いた作品が多く、前年以上に接戦だったといえる。このコラムではアカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた社会派な映画を中心に、ブラジル映画、イラン監督作品 (フランス)、パレスチナ問題の非武装市民の犠牲に迫るドキュドラマ映画 (チュニジア)。東京国際映画祭でもお披露目されたセンセーショナルなスペインのテクノ・アート映画を紹介したい。



ブラジル
去年第97回アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞したブラジル映画『アイム・スティル・ヒア』受賞後の夜、アカデミー賞レッドカーペット周辺はブラジルのカーニバルのような賑わいで大勢のブラジル人がハリウッドブルバードに集まり、ブラジル映画作品受賞の喜びを分かち合っていた。その理由は、軍事独裁の悲惨な歴史を繰り返したブラジルが近年、新たな混乱を経験し、左派のルーラ大統領が大統領に返り咲いたことにも一因がある。その人権の自由と希望を託したサレス監督につづき、今年もブラジル映画『シークレット・エージェント』が2年連続アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされ、快挙を成し遂げた。(過去にデンマークが『バベットの晩餐』(1987)、『ペレ』(1988) で2年連続ノミネートされ、受賞している)。

サレス監督はアカデミー賞前哨戦に向けたブラジル映画祭のため、ロサンゼルスを訪れ、『シークレット・エージェント』監督のクレベール・メンドンサ・フィリオのQ&Aをサポート。長い上映時間のあとでも、2人の監督の話に耳を傾ける観客が大勢いたこの映画。第78回カンヌ国際映画祭コンペ出品作はクリティックス・チョイスの外国語映画賞を受賞。ゴールデングローブ賞では外国語映画賞受賞とドラマ部門の主演男優賞を俳優ワグネル・マウラが受賞。彼はカンヌ主演男優賞も受賞している。ゴールデングローブ賞受賞の際、メンドンサ・フィリオ監督は、キャスト,スタッフに感謝したあと、「この映画を若いフィルムメーカーに捧げます。今は映画の歴史の中でもとても重要な時代といえます。とくにアメリカの若いフィルムメーカーたち、ぜひとも、現状をカメラで捉え、シネマを撮り続けてください。」と、アメリカ社会が抱える不正を示唆し、熱くスピーチした。

ブラジルの軍事ディクテーターシップは、1964から1985年まで続き、ブラジルの誰もが口を閉じた暗黒時代がこれらの映画の背景にある。『シークレット・エージェント』の舞台はその真っ只中の1977年。不平等と監視社会は軍事が牛耳る独裁政治では当たり前。主人公アルマンドも身分を隠し、抑圧された社会で逃亡中の身。政府の不正を暴露したことで身を追われるアルマンドは、ブラジルから出獄することしか自由はないと知りながらも、最愛の息子に会う旅にでる。そこにはすでに賞金目当てにアルマンドを射殺目的の殺し屋が待ち受けていた。政治家の権限濫用、権力の私物化による暴走に巻き込まれる国民の苦しみなど、たくさんの問題提起がこめられたこの作品は、ブラジル人権のために戦った人たちを忘れてはならないことを教えてくれる。
去年、アカデミー国際長編映画賞を受賞した映画『アイム・スティル・ヒア』は家そのものが映画の登場人物だった。ウォルター・サレス監督は作品『セントラル・ステーション』で一世風靡し、今作では、その主演女優だったブラジル女優フェルナンダ・モンテネグロとその娘、女優フェルナンダ・トレスの共演が話題だった。舞台は1970年のリオ・デ・ジャネイロ。海がお庭のような邸宅では、仲睦まじい夫婦と5人の子供が住んでいた。物語は、父親が理由もなしに拐われの身となり、母が家長となって不安に包まれる子供たちをひっぱっていく、息子マルセロの回想録が原作。監督ウォルター・サレスはその家族の娘と友達だったという私的な思い出もあったそうで、アカデミー賞受賞前の去年のインタビューによると、この家そのものが当時の政権家と丸反対で、窓は常に開かれ、扉には鍵がなく、年齢の違う男女が行き交う家で、訪れるたびに違う人と出会った記憶があったと語っている。この映画の特徴は文化的側面。監督曰く、弾圧された社会の中にも、人々には夢があった。それは映画や音楽によって表現され、映画の中で家族が踊る音楽や、レコードの数々はその当時のレジスタンスを象徴する小道具。ブラジリアン,ロック、ジョヴェン、ガルダ、ボサノバやトロピカリア、そしてオスカー・ニエマイヤーの建築は映画の中で特別の雰囲気を醸し出し、その家の中で繰り広げられる幸せが一瞬のうちに消えてなくなる不条理な世界が描かれる秀作である。