Dec 23, 2024 column

第59回:ミュージカル・クライムドラマ 仏出品、スペイン語映画『Emilia Perez  (原題)』の女優たち

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第97回アカデミー賞に向けて、10カテゴリーのショートリストが発表された。映画『Emilia Perez(原題) (以下エミリア・ペレス)』が国際長編映画賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、作曲賞、歌曲賞に2曲(「El Mal」「Mi Camino」)、そして音響賞と5部門6選出を果たした。この映画はメキシコを舞台に、スリリングなプロットと斬新かつ魂を揺さぶる音楽と踊りで、登場人物がそれぞれの感情を表現するという、手に汗握る切ないクライムドラマである。第77回カンヌ国際映画祭では、ジャック・オーディアール監督が審査員賞(国際審査員賞)を受賞したほか、最優秀女優賞にエミリア役を演じたカルラ・ソフィア・ガスコンと、ゾーイ・サルダナ、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パスの4人の女優がカンヌ国際映画祭では初となるグループでの主演女優賞受賞を果たした。彼らのダイナミックな歌と踊りを演出した仏監督ジャック・オーディアールは新たな境地を開花させている。その映画製作の背景にはファッション界の鬼才アンソニー・ヴァカレロのメゾンが立ちあげたサンローラン・プロダクションがプロデュースという斬新な映画。このコラムでその見どころをご紹介。

「美女と野獣が一つの体に生きている」オーディアール監督 談

物語は、泣く子も黙る麻薬カルテル(麻薬の製造から流通、販売を仕切る犯罪組織)のボスが、自らの運命を変えるために、民間で働く女性弁護士を雇うところから始まる。

この物語を思いついたのは仏映画の名匠ジャック・オーディアール監督自身。『預言者』(2009)、『君と歩く世界』(2012)、『ディーパンの戦い』(2015)など日本でも彼の映画ファンは多いはず。オーディアール監督は、ボリス・レイゾンの小説「Écoute」 (訳:「耳を傾けて」)を読み、その中に、麻薬カルテルのボスでありながら女性になりたい願望をもつ登場人物がいたことから、企画のひらめきを見出した。友人であるこの本の著者ボリス・レイゾンにこの登場人物を発展させたいと依頼したのが映画制作のはじまりだとW Magazineのインタビューで答えている。

監督は自身のビジョンを実現するためのダンスが得意で歌唱力のある女優をさがしていた。その眼鏡にかなったのが、ジェームズ・キャメロンに見初められた『アバター』シリーズや、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズで知られる女優ゾーイ・サルダナ。ゾーイはドミニカ系アメリカ人の父とプエルトリコ人の母をもつアメリカ生まれ。もともとダンサー出身でまさに自らの根源に帰るようなこの役のオファーに感銘し、全身全霊でダンスのトレーニングに励んだという。

監督は、ゾーイの忙しいスケジュールを待ち、企画を1年寝かせて撮影開始。メキシコでのロケなども検討していたものの、俳優のスケジュールに合わせることを優先し、主にパリ近郊のセットで撮影。プロダクションデザインは、『落下の解剖学』のエマニュエル・デュプレ。

ゾーイの役どころは、メキシコの汚職を扱う弁護士アシスタント。有能にもかかわらず、仕事の内容は腐敗していて、それでも真面目に、理不尽な男性上司の下で仕事をするメキシコ人女性。しかし彼女が歌とともに踊りだすと、その動きは怒りと抵抗に満ち溢れる。映画がミュージカルとして成功しているのは、主人公それぞれの内面が歌や踊りで描かれる点にある。後半のパーティのシーンは、ゾーイの演技を全面に出すために、音楽も変更し、振り付けを優先して撮影されたそうだ。彼女は、アカデミー賞前哨戦でも最有力の助演女優賞候補である。

一方、この映画の主演女優賞に、数々のアカデミー賞前哨戦でノミネートされているのが、トランスジェンダー女優として活躍しているスペイン出身のカルラ・ソフィア・ガスコン。彼女の役は麻薬カルテルのボスで、銃撃戦など、悪の根源を生み出してきた過去を全て捨て去り、男性から女性に生まれ変わりたいという願望をもつ複雑な主人公。ゾーイ扮する若い女性弁護士を雇って、女性エミリア・ペレスとして生まれ変わる役である。オーディアール監督は最初、カルテルのボス、マニータス役に別の男優を考えていたが、ガスコンに出会って、マニータス役とエミリア(マニータスが性別適合手術で女性エミリアになる。)役をガストン一人が演じるという一人二役を決断。「美女と野獣が一つの体に生きている」とエミリア・ペレスの世界観について記者会見で語っていた。

カルラ・ソフィア・ガスコンはこの作品の依頼がきた際、ミュージカルと聞いて愕然。音符を読むことができないながらも、歌のレッスンで見事な声の幅をみせ、リアリティのある存在感で主演女優賞候補として注目されている。ガスコン本人は、試写のあとのパーティでもスタッフと残って記念撮影。照明の暗いパーティ会場でのセルフィー撮影では、バッグに入っていた照明器具を取り出して、関係者を笑わせながら写真撮影。そのお茶目さから彼女の人気がよく伝わっていた。本作の鑑賞後には、性転換者たちの心に触れるような特別な感情が沸き上がってくる。