- 平野:
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ところで真樹夫さんは、今でもやっぱり「声優」と呼ばれることには抵抗があるんですか?
- 井上:
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いや、確かに昔はそういうことをずいぶん言っていましたけど、今はもうそういうことを言っても仕方がない(笑)。特に最近は即席の声優がたくさん出てきていて……。演技の勉強が根本的に足りていない。
- 平野:
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その辺り、もう少し詳しく教えていただけますか?
- 井上:
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もちろん、素晴らしい演技をされている声優さんはたくさんいる。でも、それとは別にポッと出の声優が多くなりすぎているよね。これはまだだなという演技の子が平気で活躍しているのはあまり良いことではない。
特に、どこかで聞いたことのあるような、人真似の、口先の演技が横行しているのがどうしても許せない。それを「声優」と言っていいのかなと思う。
演技というものは、人間の本性の奥底に迫っていかないといけないのに、なかなかそこが上手くいっていないんじゃないかなあ。
- 平野:
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永井一郎さん(『サザエさん』波平役など)も、1人の人間を作る仕事なんだから、口先だけでは駄目だよとおっしゃっていました。
- 井上:
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僕らでも、何となくそういうことが少しだけわかりはじめてきたかなというくらいなので、難しいとは思うんだけどね。ただ、やっぱり真似は駄目だ。プロである以上、オリジナリティを出してもらいたい。
- 平野:
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これは将来、声優になりたいと考えている方に聞いておいてほしい金言ですね。
- 古川:
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そうそう「真似」と言えば、今日、真樹夫さんにお話したいことがあるんですよ。
- 井上:
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え、なんだろう?
- 古川:
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実は僕、若い頃に当時のマネージャーに言われて、真樹夫さんのナレーションをずっと研究していたんですよ。マネージャーが「お前の声質は、真樹夫さんにちょっと似たところがあるから追っかけろ」って言われまして。それで真樹夫さんがナレーションやってる番組を録画して、何度も聞き返して真似してました。
それでね。あるバラエティ番組で、真樹夫さんの影武者として仮音声を担当させていただいてたんですよ。深夜に僕が声を入れて、それを元に映像を作って、翌朝、真樹夫さんがそこに本番の声を当てるという……1年くらいやらせてもらいました。
- 井上:
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え、それは初耳。まさか、そんなことをしてくれていたとは……。知らなくてごめんな。
- 古川:
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なので、ナレーションに関しては、真樹夫さんが僕の師匠という感じなんですよ(笑)。今でもナレーションの仕事をしていて、真樹夫さんの影響があるなって思うこと、ありますから。
- 井上:
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それは光栄だなあ。
- 平野:
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その時、「真似」で終わらなかったのは、登志夫ちゃんががんばったってことよね。ちゃんと真樹夫さんの演技を自分のものにしたってことなんだから。
- 古川:
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だったらうれしいね。……そして実はもう1つ、思い出話が。
- 井上:
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え? まだあるの?(笑)
- 古川:
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実は、大昔、僕が新宿でバーテンのアルバイトをしていた時、そのお店の常連客が真樹夫さんだったんですよ。
- 井上:
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ああ、そんなこと、あったねぇ!
- 古川:
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たまたま僕がギターを弾けたものだから、真樹夫さんの歌に即興で演奏を付けさせられたりしてました。
- 井上:
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そうそう、すごい不満そうな顔してたよな。
- 古川:
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いやいや、怖かったんですよ!(笑)
- 平野:
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当時は、お互いが声優の仕事をされているってご存じだったの?
- 古川:
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僕は真樹夫さんのことを知っていたけど、真樹夫さんは当然知らない。まだやっと声の仕事を始めたばかりのころだったからね。だから、最初はビックリしてサインをねだったりもしちゃった。で、その時「僕、真樹夫さんみたいになりたいんですけど」って言ったんです。
そうしたら、真樹夫さんが「なれない」でも「なれる」でもなく、「なりなよ」って言ってくれたんですね。それを今でも、覚えてます。
- 平野:
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本当になっちゃったじゃない!
- 井上:
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なんか、今、急にそのシーンを思い出しちゃったけど、俺、偉そうだよな(笑)。