諸行無常、世の中の不条理を叩きこまれた「三国志」
──ここからは荒川先生の読書体験について伺えればと。幼少期から読書に親しまれていたタイプですか?
私自身は本を読むのが好きでした。ただ両親の蔵書と言えば農業関係のものしかなく(笑)、上に姉からのおさがりを小さい頃はよく読んでいました。
──幼少期に読み衝撃を受けた一冊はなんでしょう?
マンガで言えばうちの姉が好きな楳図かずお先生の作品。ちょうど「洗礼」と「まことちゃん」を同時連載していた時期で、内容の面白さはモチロン、ホラーとギャグという、とても同じ人が描いたとは思えないほどに双極のベクトルに振りきった作品を同時に描かれていたことに衝撃を受けました。それが保育園の頃。ちょうど同時期に、村の図書館にもよく通うようになり、そこに水木しげる先生の「妖怪百科」と、田河水泡先生の「のらくろ」が置いてあって、舐めるように読んでいました。
──他のインタビューでも田河水泡先生をフェイバリットによく挙げていらっしゃいますよね。その魅力とは?
シンプルな線で動物を描いていらっしゃっているのが、心を掴まれたんでしょうね。ほんの4、5歳の私が「これなら自分も描けるかも?」と思い、模写してみようと思い立たせる作品でしたから。「のらくろ」を機に、よくラクガキ帳に人間が全く出てこない動物ばっかりの漫画を描いていましたよ(笑)。
──その余韻は今の作風にも残っていますよね(笑)。小学生の頃はどんな本を読んでいましたか?
相変わらず漫画は大好きで読んでいましたが、小学5年生の時にスキーで足を骨折したのをキッカケに「三国志」を読み始めるように
──それは大変なキッカケですね(笑)。
もう、身体を動かせないとなると時間だけはできるので、片っ端から色んな本を読んでいくわけですよ(笑)。その頃にNHKの教育テレビで「人形劇三国志」の再放送を見ていたこともあり、ちょうど図書館に子ども向けの文庫版が置いてあったので、手に取ろうと思いまして。
──荒川先生は「三国志」の4コマ漫画や、「三国志魂」を上梓されるなど、漫画家として深く携わっていく作品です。なぜ今なお強く惹かれるものがあったのでしょう?
魏、呉、蜀という三国がそれぞれ覇権を巡って戦う内容にワクワクしながら、最後はなんでお前が勝つんだよ!という、なぜ?な諸行無常を感じまして(笑)。「三国志」を通じて私は世の中の不条理を学びました。それで高校の時に吉川英治版「三国志」を手にとり、そこから横山光輝さんの漫画、正史も読むようになりました。とにかく小遣いの全ては「三国志」につぎ込んでいました(笑)。
──「三国志」もさることながら、最も影響を受けた本はなんでしょう?
これはもう、高橋留美子先生の作品。思春期に入ってから「週刊少年サンデー」を読み始めるようになりまして。小学校高学年までは「ジャンプ」っ子だったんですけど、「ジャンプ」はクラスの誰かしら買っていたので、最悪借りられるなぁと思い(笑)。
──そういう理由からですか!(笑)。
いえいえ、高橋留美子先生が掲載されていらしたからですよ(笑)。「サンデー」を買い始める前に「うる星やつら」の単行本を買って、とてつもないものを読んでしまった!と思い、そこから一気にハマっていきまいた。ちょうど「サンデー」を読み始めるようになってから、「らんま1/2」が始まり「うる星やつら」と同じようにハマりました。「うる星やつら」の一コマの密度の濃さに比べ、「らんま1/2」は画面のバランスが開けているんですよね。「うる星やつら」の濃さと、「らんま1/2」の抜けの良さ、この違いも楽しめるんですよね。私の中では、高橋留美子先生の作品、特に「うる星やつら」は教科書、聖書、経典。
──先日、朴璐美さんにお話しを伺った際にも“バイブル”という単語が偶然にも出ました。
あら!なんという奇妙な偶然。これも『ハガレン』の何かが呼び起こしたんでしょうかね?(笑)。
取材・文/ますだやすひこ
荒川弘(あらかわ・ひろむ)
1973年5月8日生まれ。北海道出身。実家の農場を手伝いながらイラスト、4コマ漫画などの投稿活動を開始。1999年に月刊「少年ガンガン」(スクウェア・エニックス刊)にて「STRAY DOG」でデビュー。同作品で「第9回エニックス21世紀マンガ大賞」を受賞。2001年より同誌で「鋼の錬金術師」を連載開始。現在まで全世界でシリーズ累計7000万部を発行。加え、二度のアニメ化に劇場版の制作、TVゲーム化と様々なメディアミックスを展開する大ヒットを飛ばした。「鋼の錬金術師」は第49回小学館漫画賞少年向け部門を始め様々な賞を受賞。2011年には週刊少年サンデー(小学館)にて「銀の匙 Silver Spoon」を連載開始。
映画『鋼の錬金術師』
累計7,000万部を突破した大人気少年漫画がついに実写化。『ピンポン』(02年)など、最新のVFX技術を駆使し、漫画的世界観を完全再現してきた曽利による手腕がこれでもかと発揮されており、冒頭の、エド(山田涼介)とアル(水石亜飛夢)の兄弟とコーネロ(石丸謙二郎)の対決からクライマックスを迎え、その勢いのまま最後まで一気に駆け抜けていく。中でも危険なスタントに自ら志願したという山田の見せる動きは、コミカルな部分を含めまさにエドを完全再現。原作者・荒川、アニメ版『鋼の錬金術師』のエド役、朴璐美が驚嘆したのも頷ける。息を飲む派手なアクションシーンだけでなく、兄弟とウィンリィ(本田翼)が紡ぐ深い絆、“綴命(ていめい)の錬金術師”ショウ・タッカー(大泉洋)の欲望が見せる人の業の重さといった、原作者・荒川の大切にしてきたドラマツルギーを見事に描写。原作ファンである曽利の“ハガレン愛”が感じ取れる。
原作:荒川 弘「鋼の錬金術師」(「ガンガンコミックス」スクウェア・エニックス刊)
監督:曽利文彦
出演:山田涼介 本田 翼 ディーン・フジオカ 蓮佛美沙子 本郷奏多/國村隼 石丸謙二郎 原田夏希 内山信二 夏菜 大泉 洋(特別出演)佐藤隆太/小日向文世/松雪泰子
脚本:曽利文彦 宮本武史
音楽:北里玲二
主題歌:MISIA「君のそばにいるよ」(アリオラジャパン)
配給:ワーナー・ブラザース映画
2017年12月1日(金)全国ロードショー
©2017 荒川弘/SQUARE ENIX ©2017映画「鋼の錬金術師」製作委員会
公式サイト:http://hagarenmovie.jp
「鋼の錬金術師」全27巻 荒川弘/スクウェア・エニックス
“錬金術”という概念が一般化した世界を舞台に、エドワードとアルフォンスのエルリック兄弟は、とある事故により失われた自らの身体を取り戻すために、冒険を繰り広げる。その旅の途中で、二人は世界の真実へと近づいていく……。「月刊少年ガンガン」にて、2001年から連載をスタート、中世調の世界観に、発達した機械技術文明、錬金術というオカルティックな要素をミックス。その上で展開される「王道少年漫画」的ストーリーに、数多のキャラクターたちが織り成す人間ドラマ、さらに人間の深遠へと迫る内容は連載終了から7年経った今でも日本はおろか、世界中の老若男女を魅了し続けている。実写版は原作で言う所の1~5巻のエピソードを軸にオリジナル要素を多分に取り入れて展開、その辺りをぜひ見比べてみてほしい。
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「洗礼」「まことちゃん」楳図かずお/小学館
1974年連載開始、永遠の若さを求める往年の大女優の狂気を描いた『洗礼』。1976年連載開始、いたずらの天才・沢田まことを軸にハチャメチャなキャラクターたちが織り成すドタバタギャグ漫画『まことちゃん』。両作共に傑作であることに加え、人間の心の奥底に潜む闇に切り込んだサイコホラーと「グワシ」などのセリフで社会現象を巻き起こしたコメディの、両極を同時に使い分けるという離れ業を成し遂げた。
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「三国志」吉川英治/講談社・新潮社
娯楽小説の大家が中国四大奇書最大の作品に挑んだ名作。劉備玄徳、諸葛亮孔明といった「蜀」の人物たちを軸に、魅力的な登場人物が織りなす熱い群像劇をヒロイックに描いている。勧善懲悪といったストーリーライン、吉川流ともいえる人物描写は、後の日本の『三国志』作品のベースになっており、この一冊がなければ日本の『三国志』ブームはなかったと言える。また「水魚の交わり」「泣いて馬謖を斬る」などの故事成語の由来を深く描くなど、ただの娯楽作にはとどめていないあたりもポイントに。
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「うる星やつら」高橋留美子/小学館
極悪なまでの凶相の持ち主にして部類のスケベである青年・諸星あたると、あたるの「許嫁」となった美少女異星人・ラムをとりまくハチャメチャな日常を描いたラブコメ漫画。SF要素を多分に含んだ斬新な世界観、色とりどりの美少女キャラ……と数え上げればキリがないほどの設定を生み出し、現代少年マンガのベースとなった金字塔、エポックメイキング的作品。
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「のらくろ」田河水泡/講談社
ノラ犬・のらくろが、犬の軍隊に入隊し活躍していく姿をコミカルに描いた日本漫画史に残る傑作。愛らしいキャラクター、温かくもどこかペーソスあふれるドラマは、連載開始の戦前、戦中、そして今も愛され続けている。軍隊を除隊した後の、のらくろの姿が描かれる続編も含め素晴らしい。原作者の田河は『サザエさん』の長谷川町子の師匠としても知られる。