近くて遠い国「北朝鮮」にある強制収容所、その悲惨さを生々しく描写した映画『トゥルーノース』が6月4日(金)より全国公開を迎える。題材の重さを感じさせないエンターテイメント性に優れた作品で、先行して観た人たちからは絶賛の声が聞こえている。
この度、本作のために多くの取材を自らの手で行い、脚本も含め製作を手掛けた清水ハン栄治監督(以下、清水監督)にインタビューの機会を頂いた。作品からも汲み取れるが、彼自身とても素直な人だ。斜に構えた思考性は持たず、ノンフィルターで目の前にある選択肢を捉え、合理的な選択と行動ができる”スマートさ”を持っている。だからこそ、清水監督はこの映画をつくるに至ったのだろう。彼自身が歩んできたものと対照的な「選択肢の存在しない世界」は、強烈な「違和感」となり、彼自身を突き動かす動機になったのかもしれない。
本インタビューは清水監督による自身や他者、そして世界との向き合い方が垣間見える内容になっていると思う。ぜひ”人”への想像力を働かせるコンテンツとして楽しんでもらいたい。
■ 清水ハン栄治監督 プロフィール
1970年、横浜生まれの在日コリアン4世。「難しいけれど重要なことを、楽しく分かりやすく伝える」をモットーに映像、出版、教育事業を世界中で展開。2012年より62カ国で公開され、世界の映画祭で12の賞を獲得したドキュメンタリー映画『happy – しあわせを探すあなたへ』をプロデュース。帰還事業で北朝鮮に渡航後に消息を断った在日同胞の話を幼い頃から聞いて育ってきた。本作『トゥルーノース』は初監督作品となる。
清水ハン栄治監督 インタビュー
—監督自身のことについてまずはお聞かせください。監督は映画に携わるのは比較的年齢を重ねてからと伺っています。どのようなご経験を重ねて映画にたどり着いたのでしょう?
映画に携わることは小さいときからずっと夢でした。僕はいま50歳ですが、僕が育った時代は「勉強をがんばる、仕事をがんばる。そして、社会的地位の高い仕事に就いて、お金をいっぱい稼ぐ」、それが男のゴールという雰囲気がありました。そういう双六のようなゲームが僕はそれなりに上手で、順調に歩んでいそうに見えるものの、それが自分の心を本当に燃やすものかと言われると違和感はあって。35歳のときに脱サラして本当にやりたい映画の世界に足を踏み入れました。もちろんもっと早くスタートを切っていればと思う自分もいる一方、映画監督という立場は自分の持っている引き出しを総動員しないと難しいので、過去の寄り道した時間をいまあらためて大切に感じてもいます。
—映画の世界へ飛び込むといっても、具体的にどのようにしてよいか私だったらわかりません。監督はどのように歩みだしたのですか?
昔は映画監督になるためには丁稚奉公を経て、アシスタント、助監督と長い時間を掛けて近づいていくものでしたが、今僕らが生きている時代は、情報はすぐに検索できて、編集ソフトは3クリックでダウンロードできたりします。撮影の仕方が分からなければYouTubeで4クリックあればすぐ見つかります。経験の浅い僕が映画をつくる、ましてやアニメ映画をつくるというのは、一つ前の世代であれば考えられなかったことですが、現在はできてしまう。つくり方を知っている人とコンタクトを取っていくというのも簡単にできる。少し映画とは離れてしまうんですけど、僕はバリ島のヴィラの経営者をしていて、そこでも建築の知識はないんですけど、インターネットで調べながら建築方法や助けてくれる人を探して、結果、人気ヴィラになったりしています。なので、今こういう時代で知恵は至るところに落ちているので、やりたい夢はどんどんトライしてほしいです。それは伝えたいですね。
—では本作『トゥルーノース』について聞かせてください。取材にも多くの時間をかけたそうですね。いつごろから取材をはじめたのでしょう。
前作『happy – しあわせを探すあなたへ』(2012年公開)の製作が終わって1年ほど経ってから着手しましたね。
—『トゥルーノース』で監督が向き合ったテーマも人間として生きる上で重要なものに思えました。
『happy』のときは「幸せとは何か」という普遍的なテーマ、そして今回も普遍的なテーマではあって、「生きる目的とは」というのを問いています。設定は北朝鮮の強制収容所ですが。僕は次の作品とかもやはり普遍的な、哲学的なものをずっとタックルしていきたいと思っています。
—監督がご自身のルーツを意識されて、北朝鮮の収容所を舞台にした物語をつくろうと思ったところはあるのでしょうか?
あまり意識したことはなかったのですが、今思うとこの作品をつくるように導かれたところはあると思います。良い作品をつくりたいとは思っていましたが、描きたいテーマが1冊の本との出会いで生まれ、ふとしたタイミングでアニメを作れる仲間と出会い、こういった偶然が重なっていく中で、この作品をつくることに導かれていった。そんな感じがしますね。
—アニメを作れる仲間との出会い、というお話がありましたが、今回はなぜアニメというフォーマットを選んだのですか?
アニメでやりたいというのが最初から頭にありました。というのも、メディアの能力として抜群なんですよね。実写のキャラクターよりも浸透しやすく、世界中に広まりやすい。アニメというフォーマットを使って人権問題などを扱ってみたいと考えていたときに、北朝鮮の収容所という題材と出会い、才能あるアニメーターを探していたら今回担当してくれたアンドレイ(アンドレイ・プラタマ)と出会うことができました。
—前作『happy -しあわせを探すあなたへ』は”実写”であり、”ドキュメンタリー”でした。今作は”アニメ”であり、リアルを投影した”フィクション”の物語です。フォーマット、ジャンルそれぞれの違いはどのように感じましたか?
ドキュメンタリーで言えば、素材から話を紡いでいくんです。材料が限られているので、その材料をどうやって煮込んでいくかっていう作業を試行錯誤していくんです。でも、制限がなく、自由にできることが良いかと言われると、ある程度制限があったほうがクリエイティビティって発揮されやすいんですよね。そういった意味ではドキュメンタリーのほうが楽だったようにも感じます。アニメに関しては、2Dと3Dでまた違っていて、3Dアニメは何度でも取り直しができるんです。2Dアニメの場合は宮崎駿監督のような天才が絵コンテにがっちり決めて落とし込んでいきます。でも僕の場合は、「良さそうじゃん」、「いや、良くないじゃん」っていう繰り返し。3Dアニメは一旦造形物をつくると、アングルや光の照らし方などの試行錯誤を、人の拘束を少なく可能にしてくれます。なので、自分にとってはもってこいの手法でした。
—本作もリアリティーのある素材を材料にされていると思いますが、どのようなリアリティーを取材から反映されているのでしょう?
語られる情報だけではなく、ビジュアルの部分でも情報を押さえておきたいと思っていました。ソウルでの取材の際に、インドネシアのアニメーターに同席してもらい、その場で絵を書いて取材対象の方に見てもらったりしていました。人間は栄養が不足すると皮膚がザラザラして変色するのでその色合いや、目のくぼみ方、また収容所の施設や取り巻く環境のビジュアルなど、かなり現実のものに近いと思います。
—結果、観る側には北朝鮮で起きていることがより鮮明にリアルに映りました。なによりそれが今現在も起きているのだと。
さまざまなホロコーストを取り扱った映画がありますが、現在進行形の題材ではなかったりします。『トゥルーノース』はまぎれもなく現在進行形の物語であり、収容所で起きていることは、まさに世界中で起きている問題にもつながっている。そういった部分で、しっかりとアンカーを置きたかったので劇中でバンクーバーのTED(カンファレンス)で一人の青年が話をしているという、「現在」という時代性を強調する演出をしました。
—劇中でも描かれていましたが、北朝鮮の収容所には待遇に明確なレベル分けが存在していました。その点、詳しく教えて下さい。
革命化区域と完全統制区域とあります。もしかしたら釈放される可能性のある革命化区域と、終身刑と同義である完全統制区域があります。革命化区域では実社会に戻る可能性があるので、少しだけですが子どもは教育を受けることができます。一方で完全統制区域は全く人間扱いされず死ぬまで働かせるといった環境です。こういったランクをつけることによって、北朝鮮の国民全体に対しても重しが効いているんです。一般の人にとっては収容所自体が脅威であり、革命化区域の人にとっては完全統制区域につれていかれるのが怖い。そういう階級システムがすごくうまくデザインされています。
—実際、劣悪な収容所から脱出できた人たちに取材でお話を聞かれたわけですが、いま現在の彼らの表情は監督にとってどのように映りましたか?
彼らは地獄の思いをしてきて、やっと自由の身になっているじゃないですか。ですが、完全な自由ではないんです。北朝鮮は連座制、つまりはあなたが悪さをしたら親や子どもも罰を受ける。脱北している人たち全員が家族全員で脱北できれば良いんですが、大半の人が家族や友人を残してきてて、人質に取られたような状態です。もしメディアの取材で顔が出たりすると、家族を殺されたり収容所に送られたり拷問されたりするわけですね。それがすごい抑止力として働いていて、脱北者の人に東京で会ったときも顔出しNGの人はいました。そこの部分があるので、彼らの顔はやはり曇っています。あと無理もないんですけど、怒りが先行して大きな糾弾の声になってしまう。現実として一般の人はその感情的な叫びに引いてしまうこともあるんです。勇気を振り絞って声をあげたのに、大きすぎて一般の人には響かない。なにか悪いサイクルに入ってしまうこともあります。
—そういった意味でも本作が持つ意味合いは大きいものがあると思います。その上で、監督としてはこの作品を見た人になにか期待するものはありますか?
この現実を知ってもらい <歴史のウィットネス(証人・目撃者)> になってくれること、その数が増えてくることが力になると思っています。もちろんアクションを起こせる人は起こしてください。でも起こせなくても「知っている」ということが実は人命を救う抑止力になると思います。というのもいつかどこかのタイミングで北朝鮮は国際社会に「普通の国」として受け入れられる日が来るかも知れません。そうなると、査察などが入る前に見られてはいけないものは大掃除するでしょう。つまりは関連施設だけでなく、そこにいた人たちの生命も片付けようとする。過去にも敗戦国などで起こったことで、そうさせないために僕みたいな一介のメディアの人間ができることは、映画を通して全員を <ウィットネス> にすること。収容所の存在を「知っている」ということが、生命を片付けるというコマンドを押せなくする。ジェノサイドの抑止力になるんです。それが実現できたら、僕は幸せです。
—では、本作をまず見ていただくことが重要ですね。
そうですね。チケットを買ってぜひ劇場に来て頂きたいです(笑)。
—本日はありがとうございます。
(インタビュー・文:オガサワラ ユウスケ)
■ イベント開催のお知らせ
『トゥルーノース』清水ハン栄治監督と直接語れるオンラインイベント開催が決定!
実施日、参加方法は後日公式HP、SNSにて発表いたします。
公式サイト:https://true-north.jp/
■予告編
監督・脚本・プロデューサー:清水ハン栄治(「happy – しあわせを探すあなたへ」プロデューサー)
制作総指揮:ハン・ソンゴン
制作:アンドレイ・プラタマ
音楽:マシュー・ワイルダー
声の出演:ジョエル・サットン マイケル・ササキ ブランディン・ステニス エミリー・ヘレス
【94分 カラー 英語 日本語字幕 2020年日本/インドネシア】
公式サイト:www.true-north.jp
配給:東映ビデオ
(C)2020 sumimasen
6月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開!