Jan 27, 2019 column

『サスペリア』2作を徹底比較! オリジナル版との違いとこだわり、解釈のヒントを解説

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グァダニーノ版での徹底した“女性のみ”の世界

77年版もそうだったが、今回の『サスペリア』も舞台が舞台だけに、“女たちの世界”という側面が強調される。77年版はバレエ学校に男性のダンサーや伴奏のピアニストもいたが、今回のダンス・カンパニーは完全に“女の園”である。女だけの環境が、隠された秘密とも濃厚にリンクしていく。

“女性のみ”というこだわりで、驚くべき事実がある。脇のキャストとして何人か男性が登場するが、一人だけ、メインのキャラクターに男性がいる。カンパニーを脱走してきたダンサーのパトリシアが、助けを求める心理療法士のジョセフ・クレンペラー博士だ。演じている俳優は、ルッツ・エバースドルフという聞き慣れない名前。じつはこの役、特殊メイクでティルダ・スウィントンが演じているのだ! これもグァダニーノ監督の“女性のみ”という意図の表れだろう。スウィントン=Swintonを半ば強引に分解した「swine(豚)」と「town(町)」をそれぞれドイツ語にすると「eber」と「dorf」となり、エバースドルフという架空の役者名が作られた。ちなみにティルダは、もう一人、目を疑うような特殊メイクで演じ分けている。

“女性のみ”という世界で、ルカ・グァダニーノ監督がオマージュを捧げているのは、1972年、ドイツで製作された、鬼才ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』(72年)だという。ファスビンダーと2年間の結婚生活を送り、彼の作品に何度も出演した女優、イングリッド・カーヴェンを、グァダニーノは今回の『サスペリア』でも寮母役で起用したので、かなり深いオマージュである。

77年版も上回る“女性のみ”へのこだわりは、トム・ヨークの音楽にも反映されており、過剰に心をざわめかせる機械的な違和感ももたらした77年版のゴブリンと異なり、メロディが官能的でメランコリックだったりと、より作品との一体感が強調され、観る者を妖しい別世界に誘い込む役割を全うしている。

リアリティ重視の色調、説得力のある“理由”

さらに77年版との大きな違いは“色調”だ。77年版は、バレエ学校の血のように赤い壁、カーテンの向こうからの赤い光に浮かぶ黒いシルエット、さらに緑や青など、現実とは思えない原色の照明を多用した映像が作品の魅力になっていた。対してこの新作では、ダンス・カンパニーの内部も落ち着いた色調で、外は雪のベルリン。モノトーンも強調されるほど、寒々しい色合いが特徴で、あくまでもリアリティが重視されている。

77年版『サスペリア』(Blu-ray 発売中) ©1976 SEDA SPETTACOLI S.P.A.DESIGN AND ARTWORK ©2004 CDE / VIDEA ©2001 MAGNUM MOTION PICTURES, INC. ALL RIGHTS RESERVED

77年版では盲目のピアニストの男性が、普段から慣れ親しんだ盲導犬に噛み殺されたり、天井から蛆虫が落ちてきたり、バレエ学校の生徒の血みどろの死体が吊り下げられるなど、衝撃描写がいくつもあった。今回も何人もの犠牲者が出るうえ、終盤には目を覆うようなおぞましい光景も登場するが、全体的に“やり過ぎ”なレベルではない。むしろ合間にフラッシュバックのように挿入される、夢とも幻覚とも思える映像の連続に、まがまがしい描写が多い。しかしこれらの映像が、実は主人公スージーのアイデンティティに大きく関わっていたりする。

77年版ではスージーがどんな過去をたどり、なぜドイツの寄宿学校に来たのかは詳しく説明されなかった。しかしこの新作では、合間に挿入される謎めいた描写によって、なぜマダム・ブランの元へ呼ばれたのかが、じわじわとわかってくる。さらにアメリカでの過去には、あの『エクソシスト』を連想させるエピソードもあり、ルカ・グァダニーノ監督が1970年代ホラー全体に敬意を捧げていることも伝わるのだ。魔女による恐るべき儀式というストーリーの本筋に、説得力のある“理由”を感じさせるのが、現代の映画らしい。

そして新しい『サスペリア』には、ベルリンの壁が崩壊する前の東西の対立や、ドイツ赤軍によるテロが背景として描かれ、ナチスによる迫害も物語の重要パートとして浮上してくる。ダンス・カンパニーのパフォーマンスが“民族”をテーマにするなど、社会の分断や多様性といったテーマを裏読みすることもできる。カンパニーやスージーの秘密を暗示する多くの映像とともに、2回、3回と観ることで作品の本質が変化していくのも、この『サスペリア』の面白さだ。もちろん単純に、過激なシーンに背筋を凍らせるだけでもかまわない。さまざまな楽しみ方を提供してくれる作品なのである。

文/斉藤博昭

ルカ・グァダニーノ『サスペリア』インタビューはこちら

作品紹介

『サスペリア』

1977年、ベルリンを拠点とする世界的に有名な舞踊団<マルコス・ダンス・カンパニー>に入団するため、スージー・バニヨンは夢と希望を胸にボストンからやってきた。初のオーディションでカリスマ振付師マダム・ブランの目に留まり、すぐに大事な演目のセンターに抜擢される。そんな中、マダム・ブラン直々のレッスンを続ける彼女のまわりで不可解な出来事が頻発、ダンサーが次々と失踪を遂げる。一方、心理療法士クレンペラー博士は、患者であった若きダンサーの行方を捜すうち、舞踊団の闇に近づいていく。やがて、舞踊団に隠された恐ろしい秘密が明らかになり、スージーの身にも危険が及んでいた――。

監督:ルカ・グァダニーノ 音楽:トム・ヨーク(レディオヘッド) 出演:ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、 ミア・ゴス、ルッツ・エバースドルフ、ジェシカ・ハーパー、 クロエ・グレース・モレッツ 配給:ギャガ 公開中 ©2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC All Rights Reserved 公式サイト:https://gaga.ne.jp/suspiria/

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『サスペリア <HDリマスター/パーフェクト・コレクション> Blu-ray』

Blu-ray:6800円(税抜) 発売中 発売元:ハピネット/是空 販売元:ハピネット ©1976 SEDA SPETTACOLI S.P.A.DESIGN AND ARTWORK ©2004 CDE / VIDEA ©2001 MAGNUM MOTION PICTURES, INC. ALL RIGHTS RESERVED