Mar 24, 2021 column

『ウマ娘』のドラマ性はフィクションとノンフィクションの境界をも突破する

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この作品における受け手は2つにわけられる。1つは僕のようなアニメファンやゲームファン。もう1つは競馬ファンだ。ファンタジーとしては前者が主で、僕も含め多くの人は競馬には興味が無くともストレートに擬人化美少女キャラクターによるスポ根アニメとして十分に楽しめる。単純にスポ根物として見るだけでも、その盛り上げ方や、勝者のみならず敗者への描き方は毎回テンションが上がる面白さだ。そこに「実際はどうだったんだろう?」と目を向ける入口が設けられている。

競馬ファンにとっては描かれている史実部分については知り得ている話・情報として楽しめる一方、そこから先のサイレンススズカの復活劇のような実現しなかった夢や、意外な視点などがフィクションならではのドラマ性で描かれ、見落としていた事に気づかされたりもする。もちろんゲームでは育成物としての面白さがある。
フィクション、事実、ファンタジーという多くの物語を成す3つの主要な要素の全てが入っているのだ。

現在放送中のTVアニメ『ウマ娘 プリティーダービー Season 2』にも驚かされる展開があった。主人公はトウカイテイオーだが、もう1人の主役とも言える存在でメジロマックイーンが登場している。どちらもモデルは90年代の名競走馬で僕も覚えている。
実馬のトウカイテイオーはとにかく骨折が多かった。アニメでもそのツラい史実がウマ娘であるトウカイテイオーに大きな試練として起こる。そしてメジロマックイーン。この第2シーズンでは実馬の三連覇を阻止したライスシャワーとの激しいレースとそれをめぐるドラマが中盤最大の見せ場だ。このメジロマックイーン対ライスシャワーを見てまたもや僕は泣いてしまった。

スポ根物における競技場面はストーリーであり見せ場の1つだが、ドラマ面を担うのはその戦いの前後に何を描くのか、描かれたのかになる。勝者と敗者をどのように描くのか。これがなく、ただ「試合をしました戦いました、勝ちました負けました、以上終わり」では魅力が無い。本作でのレース後のライスシャワーとメジロマックイーンによって描かれる勝者と敗者のドラマはまさにスポ根物の骨頂で、それも擬人化キャラクターだったからこそ描ける要素になっている。

薄ら記憶で書けば当時のメジロマックイーン対ライスシャワーについての世の反応は、その多くがメジロマックイーン視点だった。だから「三連覇が阻止された」であるし、それを阻止したライスシャワーは刺客やヒール扱いだった。三連覇が阻止されたことを残念がる競馬ファンやメディア反応の方が多かった記憶がある。アニメでもそれが描かれ、勝ったにもかかわらず声援も拍手もないレース場観客席の空気。メジロマックイーンの敗北を残念がる人たちや、それを阻止したライスシャワーへの辛辣な反応。多くの観客に望まれなかった勝利として当時の“空気”や風潮のキツさを描いた。