Jul 14, 2020 column

『幸福路のチー』が問いかけるあなたの人生の物語

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本作は74年生まれの宋欣穎(ソン・シンイン)監督の実体験も多く反映されたもので、その意味では監督の自伝的な意味合いも持つ。どのようなスタンスであっても、政治的であることと無縁でいられなかったのが彼女たちの生きてきた時代だ。自分を取り巻く世界(社会)の変化と成長が、チーに象徴されるそこで生まれた人たちの変化と象徴と平行して映し出される。自分の周りの世界が大きく変化をしていくこと、それによって避けられない価値観そのものに翻弄されてゆく姿は、幸か不幸か長らく同じ価値観の社会に生きている僕たちには想像も及ばないものもある。

幸福路のチー

別に政治的なメッセージやテーマを持つ作品ではない。あくまでもチーという女性の物語であり、彼女と家族の“幸せ”についての物語だ。舞台は台湾。背景に流れるのは70年代からの台湾近代史。僕らにとっては知らない国のものであるはずなのに“幸せ”を見つめていく物語からは不思議な郷愁にとらわれる。郷愁はこの作品において大きなウェイトを持っているが、それは時に成長の過程で経験した痛みなど様々な体験を生んだ“彼女という人間を成した要素”として描いていく。ノスタルジーはただの心地よい想い出(過去)ではなく、今の自分を作った一部分だ。

自分はどういう時代を生きてきたのか。かつてどういう夢を想っていたのか。そして今の自分はどこにどのように立っているのか。自分は幸せになったのか。もしかしたら幸せであることに気づいていないだけであるのかもしれない。

幸福路のチー

見終えたときになんとも言えない暖かさを残してくれる。もちろんチーの歩んだ半生と僕らのそれは違っている。なのにこの映画が感じさせてくれるのは、僕やあなたの半生の物語だ。映画が静かに問いかけてくるそういったことが国を超え男女を超え多くの大人の心に刺さる。

こういったドラマ面での国を超えた共感があるだけでなく、この作品にはもう1つ。特に日本人には不思議な縁と共感を思わされる部分がある。それはアニメーション映画としての部分だ。