今年のアヌシーの作品一覧に個人的に気になる作品が他にもある。長編コンペティションにノミネートされている『Calamity une enfance de Martha Jane Cannary』だ。
どのような作品であるのかなどは全くわからないが、僕がとにかくこの作品が気になって仕方ない理由は、これが『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』のレミ・シャイエ監督の新作だというところにある。『ロング・ウェイ・ノース』もまた昨年に公開され大きな注目を集めた海外アニメーション映画の1本だったのだ。
15年にアヌシー国際映画祭で高い評価を得、日本でも東京アニメアワードフェスティバル2016でグランプリ受賞をしていたが、それが昨19年にようやく一般公開となったのだ。
同作はフランス・デンマーク合作アニメーション映画。舞台は19世紀のロシア。数年前に北極点到達に出たまま船もろとも行方不明となった祖父の探査に挑む少女・サーシャの冒険が描かれる。祖父の名誉のため、彼女はその冒険の軌跡を追い、ただ1人無謀とも思える旅に出る。
驚いたのはその“完璧さ”だった。この物語を描くのに必要なストーリーの全てがあり、それが世界的な今のアニメーションの風潮に逆行するかのような緻密さを徹底的に廃したソリッドな画で表現され、そしてその手描きアニメーションの動きにも表現にもドラマや感情を伝える全てがある。無駄なセリフも要素も表現も一切無く、足りないと感じるものも無い。
絶望も希望も凍らせる極限への旅は最後までハラハラさせられる。彼女が出会う周囲の人々の微妙な変化も短い描写でありながら的確・丁寧に描かれていて、ため息が出る。
そしておそらく、日本のアニメファンが感じると思われるのは、それらの描写の丁寧さや日常描写にある高畑勲作品的なこだわりだ。見た人の反応でも、その緻密さ丁寧さには『母をたずねて三千里』を思いだした人は多いようだ。あらためて日本のアニメ、いや高畑アニメが海外のアニメーション制作者に与えた影響を強く感じることとなった。その監督の新作となれば、やはり気にせずにはいられない。日本でも見られる日が来ることを今から願っている。
日本のアニメが世界中数多くの若いアニメファンやクリエイターに影響を与えてきた云々というのは今さら何をはいわんやだが、幾多の作品が描き、そして蒔いた種がどのように発芽し、彼の地で花を咲かせて返ってきたのかを目の当たりにすることとなったのが昨年であった。「こういう表現は日本アニメの独壇場」という時代は終わり、今後は「海外でもこういう作品がある」という現実が前提になっていくこととなる。世界のアニメーション地図における「日本のアニメ」の位置が(良い意味でも悪い意味でも無く)変化するときが来ていることを感じさせられた。
同時にこの体験からは、今僕がなにげに、あたりまえのように見ている作品やクリエイターの表現が、海外の作り手たちに思わぬ影響をもたらし、何年かしたときに全く別の形で僕の前に現れるかもしれないという可能性へのワクワク感と面白さをも期待させてくれる。それがどこの国であっても。たとえそれが政治的には隔たりがある国であっても、誰かが本気で作った何かは、国境を越えて影響の種を運んでくる。
今年は世界が慌ただしい中ではあるが、もしかすると“その先”が見え始めることとなるのかもしれない。アヌシー国際アニメーション映画祭2020はその片鱗を垣間見せることになるのかもしれないという点でも注目なのだ。
今回取り上げた海外作品のこの2作は、まだ日本国内でも各地で上映が続いている。コロナ禍もいったんの落ち着きが見えている中で上映の再開が始まっているところもあるようなので、上映情報などはそれぞれの作品のサイトをご覧いただきたい。
『羅小黒戦記』
公式サイト: https://heicat-movie.com/
『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』
公式サイト: https://longwaynorth.net/
文 / 岡野勇(オタク放送作家)