ここからは作品とはちょっと別の話になる。心地よく劇場を出たが、しばらくするとあることが気になり始めた。それは前記したような“広い層”とは何なのか?という根本的な疑問だ。単純に言えばもちろん不特定多数という観客と、その興行上の市場のことになる。それをターゲットとしたアニメ映画は増えてきた。ただ、それらが必ずしも目指した客層に届いたのか、そこを呼び込めたのかとなると難しいところで、劇場で見て気に入り「これ、もっと多くの人が見ればいいのにな」と思ったものの、あまり話題とならなかった作品もある。「見る人は見たし、間違いなくアニメファン以外の人が見たって面白いのだけど、そこから先のプラス1人目に繋がりにくかった」という印象の作品も多い。そういう作品がTV放送されたときにSNSなどでやっと好反応が見えたりすると、ファンとして嬉しい反面複雑な気分もしてしまう。ファンですらそうなのだから制作側の人にとってはもっとだろう。 広い層を目指したが、公開時にはそこにいる人たちの視界にうまく入っていなかったということなのかもしれない。“広い層”というのはまるで巨大な海だ。そしてそこの波にのることは多くの人が思っている以上に難しい。
「世界的に有名な日本のアニメ」「日本人は多くの世代がアニメを見る」というニュアンスは多くのメディアでもよく語られる。日本での映画興行歴代ランキングでも上位をアニメ映画が占めていることを見てもそう勘違いしてしまいそうになる。だが、その日本でもこういった“広い層”を狙った(キッズ向けやアニメファン向けではない)作品。それも原作無しの劇場用オリジナル作品が大ヒットとなった例となると、実は数えるほどだ。スタジオジブリの宮崎駿監督作品以外で原作無しのオリジナル作品が初めて興収40億円を超える大ヒットとなったのは細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』(12)になる。その記録を細田監督自身の『バケモノの子』(15)が。続いて16年の『君の名は。』が抜くこととなったが、言い換えるとそれくらい少ないし、ほんの7年間の出来事なのだ。
こういった作品が今後も続いていくこととなるのか。届けたかった観客の目にとまるのか。これは企画・制作というよりも、今後の興行におけるアプローチの課題なのだろう。タレントを起用しましょう、宣伝戦略はこうやって、SNSで発信を…といった従来のアプローチでは届かなくなっている。あるいは届きにくくなっている“何かの要素”が何であり、それをどう見つけるのか。ヒットをしなければ作り手は“次”に繋がりにくいので、循環を考えても重要な課題だ。
そして、国内外でのコア人気も評価も高かった湯浅監督もこの“広い層”という海に挑んだ。『きみと、波にのれたら』も僕が見に行ったとき、後ろの席にいた若い女性2人はボロ泣きをしていたので、目指した客層にメッセージは届いたのだろう。それが興行にも繋がって行くことを作品を気に入った者としては期待したいし応援をしたいと思う。“広い層”に向けた作品がそこに届くことは、ひいては他の作品にも影響を与えていく。それはいずれ映画ファンやアニメファンにも作品の出会いとして巡ってくる。
誰かが誰かに小さな影響を与えていく。この映画が描いている、とても大事なことの1つでもある。
文 / 岡野勇(オタク放送作家)