May 19, 2019 column

『シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019』が見せつける“未来を見る”能力

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どの年代、年齢、時期からでもいい。「30年後の未来」を問われ一体どのようなものを想像するだろう? 60年代や70年代に子供であった人らがかつて想像した「30年後」と言えば、小松崎茂による未来想像図などかもしれない。高度に進んだテクノロジーを使い楽園のようになっている世界だ。

が、80年代にそれは大きく変わったはずだ。薄暗くデッドテックで退廃的。テクノロジーを“使っている”世界ではなく、場合によっては“使われている”世界。未来イメージがそうも大きく変化した最大の原因は1982年に公開された映画『ブレードランナー』だ。

同作における2019年のロサンゼルスの描写。未来社会のビジュアルイメージはあまりにも大きな衝撃だった。観客はもちろん、その後の映画やアニメやコミックといったSF映像作品のほとんどに影響を与えたと言っても過言ではなく、あの作品のビジュアルがなければこうならなかったであろうという作品は数え切れない。そのイメージを生み出したデザイナー、シド・ミードの名前は映画ファン、SFファンに記憶されることとなった。

そのミードの、日本では35年ぶりとなる原画展『シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019』が先月より東京の神田のアーツ千代田3331で開催されている。
(公式サイトhttps://sydmead.skyfall.me/

本来の予定では5月19日までの開催。僕は遅ればせながら連休明けにようやく見に行けたためこの記事も書く予定がなかったのだが、連日の盛況もありここにきて6月2日まで会期が延長されることが発表された。期間から諦めていた人には朗報だ。そこで、これから行く人。「話題になっているのでちょっと気になっている」という人に向け、簡単な解説を書いてみたい。

シド・ミードはフォード社でコンセプトカーなどのデザインを行う工業デザイナーとして活動をスタートし、『スタートレック(劇場版1作目)』(79)を皮切りに映画での美術デザインにも活動の幅を広げる。中でも彼の名前を確固たるものとして刻んだのは前期の『ブレードランナー』における美術デザインと、同年に公開されその後のCG映画の先駆けとなった『トロン』のライトサイクル(作中のゲーム世界に登場する電子バイク)のデザインだ。

『ブレードランナー』の衝撃は先にも触れたが、ライトサイクルのデザインも後に大きな影響を与えている。例えば大友克洋の『AKIRA』に登場する「金田のバイク」だ。『ブレードランナー』しかり「金田のバイク」しかりと、ミードは媒体や国を問わず、その後のSFデザインにあまりにも大きな影響を与えることとなった。これほど多くの“原点”を生み出したデザイナーは世界中の映像界を見渡しても稀有だ。

展示はフォード時代に手がけた未来自動車のコンセプトイラストから、『ブレードランナー』の街や自動車などをはじめ、『2010年』(84)の「レオーノフ号」。『エイリアン2』(85)の「スラコ号」。『ショート・サーキット』(85)の主人公ロボット「ジョニー5」などの映画作品のデザインの数々。 そして何より日本のファンにとって最大の目玉であるのは、ビデオアニメ『YAMATO2520』(95年)と『∀(ターンエー)ガンダム』(99年)にまつわる数々のデザイン画稿。ミードのこれまでの仕事における歴史が一気に感じられるものとなっている。

前段として工業デザイナーとしてのデザイン画を見ることで、それがアニメや映画のデザインにどのように活き、繋がっていったのか。 ミードというデザイナーの真価が見えてくる。どのような発想や視点をもち、それがどのようにアップデートされていくのかを体系だって伺うことができるのは、このような展示イベントならでは。

工業デザイナーとして手がけた未来の自動車を描いたイラストは、すでにミードが自動車という単品だけではなく、その車が存在している未来社会そのものに目が向いていたことが表現されている。画の主役は未来カーだが、たんなるコンセプトデザイン画ではなく、そのデザインが存在している世界観そのものを描いている。どのような技術が進化することを想定しているのか、それがどのように社会に入り込むと考えていたのか。いずれの画も、記されている発表年にも注意してほしい。「そんな昔にすでにこれを反映させていたの?」と驚かされる要素が随所にある。

ミードというアーティストの最大の真価であり才能は、この“未来を見る”能力だ。「ビジュアル・フューチャリスト」とも呼ばれる卓越したイマジネーションの本質もそこにある。時代の先を想像し反映させることはクリエイターのみならずエンジニアリングにおいても多くの人が意識し続けていることだが、ミードのそれは抜きんでている。最先端の科学技術に詳しく知識のある若いデザイナーは他にもいるだろう。先鋭的すぎるデザインだけであるなら、他にも描ける人がいるかもしれない。だがミードの場合は、最先端や研究中の技術に詳しいというよりも「そこで使われていることの何がどのように残り、何は残らないのか。それが未来に応用され、社会に普及すると考えるのか」への発想の取捨選択の絶妙さがリアリスティックな未来像を創造している。そして未来“社会”である以上、そこには人が暮らしている。メカニックや建造物に目が行きがちだが、そのイラストで人間がどのように描かれているのかも、その画のテーマを読み解く大きな要素になる。

作品とその発表年を見ていくと、ミード自身が70年代に描いた未来カーとそれがある社会が「ようやく10数年後くらいに迫ってきているかな」という印象だ。このあたりがデザイナーではなくビジュアリストであり、作品が未来想像図ではなく未来予言図だとすら評される部分だろう。

2012年に『ブレードランナー』公開30年の節目にWOWOWで制作・放送されたシド・ミードのドキュメンタリー『ブレードランナーの世界を創った男 シド・ミードが描く2042年』の中で、ミードは自身の創造する未来感について以下のように語っていた。
「未来はリハーサルできるんだよ」
そのリハーサルがあれらのデザインやイラストへの発想と思考であり、それを描いた作品はそれを他者に伝えるための画で記された言語だ。ちなみにこの番組の企画でミードが描いた30年後(2042年)の都市イメージ『WOW フューチャー・シティ 2042』も会場では展示されている。

アニメ関連画では、『YAMATO2520』のデザインもOVA発売当時は物議を醸すものであったが、近年のリメイク作『宇宙戦艦ヤマト2199』『2022』を見た直後の今の目線で「アレがある世界の300年後か」と見ると、自分でも驚くほどすんなりと納得がいくデザインとして感じられ、そのことに驚いた。それは、僕があのデザインがわかるまでに25年もかかったということなのかもしれない。

とりわけ注目となるのは『∀ガンダム』で、ここで上映されている3分ほどの「あのデザインが決定していくまで」の短編映像も見所の1つだ。放送時に大きな話題となった「ヒゲのあるガンダム」のデザインはどのような変遷で確立していったのか。 その過程は名著『MEAD GUNDAM』でも詳細に記されているが、この映像ではそれとは異なるアプローチで変遷がわかりやすく解説されている。制作側からの演出を想定したオーダー。1stガンダムからガンダムXまでのデザインを模写していき“ガンダム的なデザインの記号”を理解していく工程。それがどのようになっていき、ああなったのか。映像ゆえに会場でしか見ることができない展示だ。

また、会場のみという点では『shoulder of orion』とタイトルが付けられた宇宙船の画も重要な展示となる。『ブレードランナー』本編クライマックスでレプリカントのロイが語るセリフからインスパイアされて描かれたもので、海外での巡回個展のために描かれた作品。これだけはミード本人の希望で展示会の図録にも未収録となっている。

日本では35年ぶりとなる原画展だが、実行委員会側の発言によれば「シド・ミードの原画を日本で生で見られるのはおそらくこれが最後」とのことだ。 東京のみでの開催ゆえに難しい人も多いとは思うが、せっかくの会期延長であるので東京近隣で都合がつく人はこの機を逃さないようにした方がいいだろう。会場を出たときに想像する「30年後の未来」はそれまでとちょっと違うものになっているかもしれない。

なお、会期延長にあわせ、連休明け早々に完売となって涙をのむ人が続出であった図録も「新装版」として再販決定が発表された。こちらは会期終了後にオープンする通販サイトでの販売予定とのことだ。

文 / 岡野勇(オタク放送作家)