イニャリトゥ監督が炙り出す地球の叫び
イニャリトゥ監督は、『アモーレス・ペロス』(2000)、『21グラム』(2003)でメキシコ出身の俊英監督として注目を集め、『バベル』(2006)では、日本を含む数カ所を舞台に据えて、ドキュメンタリーのような臨場感で迫りながら、声にならない登場人物の叫びを映像と音楽で表現してきた。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』では作品賞を含むアカデミー賞4部門を受賞し、ハリウッドで不動の地位を築いた。そして『レヴェナント:蘇えりし者』では、復讐への執念を燃やし、約300キロに及ぶサバイバルの旅をする主人公を俳優レオナルド・ディカプリオが熱演。ディカプリオをアカデミー賞主演男優賞に導いた本作では、坂本龍一の映画音楽も臨場感を高めていた。
近年、イニャリトゥ監督作品はより一層、実験的な芸術表現を追求し、前作『バルド、偽りの記録と一握りの真実』でも、現実と虚構が入り混じる劇中世界と劇中ドキュメンタリー映画を重ねた、美しくも、とりとめのない長編映画を監督。国を去った自分、メキシコ人でありながらも米国に移住した自らのアイデンティティの置き場がない葛藤を主人公にたくした内容は興味深いが、魂の傷を癒す旅路は奇想天外でもあった。


監督はリアリティだけでは十分じゃないと語る。映画や本、芸術を通して現実から一歩距離をおいた立ち位置で、私たちが抱えている問題の本質を見ることができると話す。真実が抜け落ちた記憶、そして心の憶測に隠れている心理をユーモアと風刺で描くことに執着。この新作『ディガー』もまさに今の我々の環境問題を見据えた映画で『バルド』と同様に、鑑賞後にようやく腑に落ちるという、一筋縄ではいかない野心作。
ネタバレにはしたくないので、作品についてはこれ以上触れられないが、米批評家の間では、絶賛派と悪評派に真っ二つに分かれた。絶賛派は、「これまで見たことがない映像美と想像を絶する物語の展開」「革新的で現アメリカの狂気の沙汰、常軌を逸脱した行いを十分に風刺している」「映画会社ワーナーブラザーズがこれだけの個人のビジョンを支えたことは映画産業にとって画期的なこと」など大絶賛。
悪評派は映画が自己妄想に入りすぎていると批判。『ディガー』が描く人類が加担した気候変動による災害は、今まさに我々の現実世界でリアルタイムに起きていること。頼りにならない米大統領、科学を信じない政治家など、現在の米政権を示唆しながら、現状を打破したい思いがユニークな構想で描かれてはいるのだが、残念ながら笑えない。劇中劇の中で繰り広げられる猛烈な台詞や演技が、感動につながらないまま、ただ圧倒されて終わってしまい、もどかしさが残る映画となっている。


たとえば、鬼才キューブリックのブラック・コメディ『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1964) は、東西冷戦下、ソ連が人類を皆殺しにする最終兵器を完成しつつあるという噂が流れていた時代の風刺映画。名優ピーター・セラーズが一人三役を演じ、英国空軍からの派遣将校(米空軍基地勤務)のマンドレーク大佐、マフリー米大統領、ストレンジラブ博士の3役を演じ、今では映画の歴史に残る名作とされているが、1964年のニューヨークタイムズの批評ではa sick joke、つまり、笑えないひどい冗談だと批評された。『ディガー』の社会派の視点やサスペンス要素はキューブリック監督がめざしたものとどこか似ているのだが、果たして、時を経て、この作品が名作とされる日がくるのだろうか。絶賛派はそのレベルでこの映画をオスカーに向けて後押ししている。

何はともあれ、トム・クルーズとイニャリトゥ監督という最強コンビの新作は、映画ファンにとっては大イベント。イニャリトゥ監督は俳優を選ぶとき、その役に見合った「目に見えない心のわだかまり」をもつ俳優をキャストしてきたと語っていたのが、印象的だった。ディガーの役柄がもっている心理的な負担を共有できる俳優トム・クルーズは現在64歳で、俳優人生絶頂期。一瞬でもシーンを見逃すとついていけなくなるほど複雑なからくりの中で起きる劇中劇の良し悪しは映画を見ないと判断できない。そして、ネタバレになるため詳しくは明かせないが、1人3役を演じたと話したトム・クルーズがついにアカデミー賞主演男優賞を手に入れるのか。日本のトム・クルーズファンに興行のバトンが渡された。
文 / 宮国訪香子

石油採掘会社CEO、ディガー・ロックウェル。彼の利益にしか目がない欲深い行動がきっかけで、“地球滅亡の大ピンチ”に!? ディガーは大統領からその尻ぬぐいを命じられ、世界を救うべく立ち上がるが‥‥。果たして、彼は地球を救えるのか? そもそもこの男、信用していいのか!? まさに予測不能、地球規模の大惨事エンターテイメントが幕を開ける。
監督:アレハンドロ・G・イニャリトゥ
出演:トム・クルーズ、リズ・アーメッド、ジョン・グッドマン、ザンドラ・ヒュラー、ジェシー・プレモンス、マイケル・スタールバーグ
配給:東和ピクチャーズ・東宝
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2026年10月9日(金) 全国公開
公式サイト digger-movie.jp