ふたりのフラッシュ/バリー・アレン
地上最速のヒーロー、フラッシュ/バリー・アレンには幼少期のトラウマがあった。母・ノラが自宅で殺害され、その疑いは父・ヘンリーにかけられたのだ。無実を証明する決め手となりうるのは防犯カメラの映像だけだが、獄中のヘンリー自身も、いまや無罪を勝ち取ることを諦めつつあった。しかし、息子のバリーは変わらず父の無実を信じている。
ある時、バリーは気づく。事件が起こった日、父は母に頼まれてトマト缶を買いに出かけた。父が自宅にいない時、母は何者かに襲われて命を落としたのだ。ならば、過去に戻ってトマト缶を家に用意しておけば、悲劇は起こらないはず‥‥。持ち前の高速移動によって時空を駆け戻り、バリーは事件を未然に防ぐ。
ところが自分のいた“現在”に戻ろうとした時、バリーは謎の存在に攻撃を受け、別の次元に転がり込んでしまう。そこにいたのは、フラッシュとしての能力を獲得していない、何も知らずに両親との平和な日々を送っている18歳のバリー・アレンだった。
まず鮮やかなのは、フラッシュ/バリー・アレンの能力とキャラクター、彼らしいアクションを端的に表現するオープニングだ。時間に追われながらコーヒーショップを訪れるバリーと、おしゃべりで仕事の遅い店員の対比。その間にバットマンの執事アルフレッドから連絡を受け、事件が起きたゴッサム総合病院に人々を助けに行くミッション。一瞬でスーツ姿に着替え、街や道路、水上を一目散に駆け抜けていくフラッシュは、軽口を叩きつつ任務をやり遂げると、店に戻って商品を受け取るや出勤前に食べきってしまう。
本作の監督を務めたのは、スティーヴン・キングの傑作ホラー小説を映画化した『IT/イット』シリーズの鬼才アンディ・ムスキエティ。ホラー出身であることを忘れさせるほどライトでユーモラス、かつ饒舌な映像のリズムによって、まだフラッシュをよく知らない観客にも、このスーパーヒーローの持ち味を愉しく伝えてみせた。
続いてのブロックは、バリーがタイムスリップした先で出会う、もうひとりのバリー・アレンとの“バディ・コメディ”だ。うっかり能力を失ったために現在に戻れなくなったバリーと、その能力が移植されてしまった18歳のバリーの凸凹コンビが、なんとか困難を切り抜けようと悪戦苦闘するさまは、劇中でもたびたび言及される『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのみならず、80~90年代のアメリカ・コメディ映画のフレーバーを存分に感じさせる。
ちなみに『ザ・フラッシュ』にムスキエティ監督が就任する以前、2017年には、なんと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのロバート・ゼメキス監督自身の名前が本作の最有力候補に挙がっていた。その後、脚本が書き直されていた2019年春の時点では、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)に内容が似ていたバージョンもあったとされる。製作陣がこのシリーズを相当早くから意識していたことがわかるエピソードだ。
ゼメキスはスケジュールの都合で『ザ・フラッシュ』を撮れなかったが、もし実現していたらどんな作品になっていたのだろう? もともと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で主人公のマーティを演じるはずだった俳優エリック・ストルツが、別の次元ではそのまま主演を務めている(現実にはマイケル・J・フォックスに交代した)というジョークはそのまま使えたのだろうか。