Nov 15, 2022 column

『ドント・ウォーリー・ダーリン』 オリビア・ワイルドが見せる、旧き良きアメリカの悪夢と新時代における現実

A A
SHARE

反逆の狼煙

ビクトリープロジェクトにとって、女性のキャリアやフェミニズムは敵に他ならない。言い換えれば女性をコントロール下に置きたがる臆病な人たちともいえる。コントロールしたいという欲望は、恐怖の裏返しでしかない。ビクトリープロジェクトがシミュレーションの世界だということを突き止めたアリスは、この世界からの逃走を企てる。アリスによる「反逆の狼煙」が始まる。

オリビア・ワイルド自身が演じるバニーの存在が作品に深みを与えていく。シミュレーションの世界がいつまでも歳を重ねない世界だと仮定するとき、バニーがペグ(ケイト・バーラント)に向けていた「いつも妊娠している人(Always Pregnant)」という冗談は、反転して正しかったということになってしまう。

そしてバニーにもシミュレーションの世界で生きていく切実な理由がある。女性たちによる反逆の狼煙の背景には、男性社会の中で傷つかないよう生きていくために身に付けた、それぞれの悲劇を読み取ることができる。ビクトリープロジェクトにとって、彼女たちの傷ついた姿すら「理想の女性像」であるとするならば、その底のない悲劇に言葉を失ってしまう。

アリスは曲名を思い出せない鼻歌をいつも歌っている。ハリー・スタイルズが5分で即興的に作ったという「With You All The Time」。子守唄のようにシンプルなこの曲には、相手の耳元で”ドント・ウォーリー・ダーリン”とそっと囁きかけるような親密な温もりがある。そのソフトな囁きは、ロマンチックな甘さと共に、どこか幼児期への退行を誘っている。

アリスは、このメロディーにさよならを告げる。彼女は自分を取り戻さなければならない。しかし取り戻さなければならない自分とは、一体どういう自分なのだろうか? ビクトリーに来る前の記憶がないのだ。元の現実の世界に戻ったアリスが、何者にも汚されていない姿で生まれ変わっていることを願ってやまない。

文 / 宮代大嗣

作品情報
映画『ドント・ウォーリー・ダーリン』

完璧な生活が保証された街で、アリスは愛する夫ジャックと平穏な日々を送っていた。そんなある日、隣人が赤い服の男たちに連れ去られるのを目撃する。それ以降、彼女の周りで頻繁に不気味な出来事が起きるようになる。次第に精神が乱れ、周囲からもおかしくなったと心配されるアリスだったが、あることをきっかけにこの街に疑問を持ち始める。

監督:オリビア・ワイルド

出演:フローレンス・ピュー、ハリー・スタイルズ、オリビア・ワイルド、ジェンマ・チャン、キキ・レイン、ニック・ロール、クリス・パイン

配給:ワーナー・ブラザース映画

© 2022 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

公開中

公式サイト dontworrydarling