Nov 15, 2022 column

『ドント・ウォーリー・ダーリン』 オリビア・ワイルドが見せる、旧き良きアメリカの悪夢と新時代における現実

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オリビア・ワイルドによる監督最新作『ドント・ウォーリー・ダーリン』には、いまをときめくハリー・スタイルズとフローレンス・ピューといった2人のスターを撮ることの喜びが溢れている。そして本作には何よりデザイン性が重視されたショットの連続には特別な閃きが宿っているのだ。

学園コメディの新しいマスターピースとなった前作『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』から1950年代のパーム・スプリングスを舞台とするユートピア・スリラーへ。作品ジャンルは変わったが、オリビア・ワイルドの戦い方は一貫しているように思える。

前作『ブックスマート〜』のカラオケシーンで「あなたは思い知るべき!」とアラニス・モリセットの曲を歌う少女を捉えたあの熱量は形を変え、本作でむしろ鋭さを増している。

スターを撮ることへの熱量

本作『ドント・ウォーリー・ダーリン』(22)は、オリビア・ワイルドの前作『ブックスマート 〜』(18)とは大きく趣きの異なる作品だが、卒業間近の2人組の高校生が放っていたあの異様なエネルギーは、本作でパワフルな存在感を発揮するフローレンス・ピュー=アリスの身体に内包されている。

フローレンス・ピューは、マクベス夫人を演じた『レディ・マクベス』(16)の時点で既にそうだったが、対面する相手に不安を見抜かれまいとするときに、その大胆不敵さによって輝きを放つ。フローレンス・ピューの演じるヒロインが勝負をかけるとき、そこには尊大さと共に脆さや怯え、すべてが表出されてしまう。

その息遣いこそが彼女のエネルギーであり、本作におけるキッチンやテーブルでのスリリングなやり取りや、夫のことを信じようとするシーンで、その才能は発揮されている。

また、ハリー・スタイルズとのキスシーンでは、2人のスターによる所作の官能性が画面に炸裂している。疾走する複数のオープンカーを捉えたショットと同じくらいの熱量がカメラに宿っている。

映画自体をパーティーのようにするために大音量で音楽をかけながら撮影したという『ブックスマート 〜』の熱量は、画面の細部まで徹底的にこだわる官能的なまでのデザイン性に取って替わっている。

レンズフレアにも機能的な美しさがある。閃きと驚きのあるショットの連続なのだ。本作は2人のスターを捉える画面の熱量と圧倒的なデザイン性の構築によって賞賛されるべき作品だろう。

オリビア・ワイルドが無限大のインスピレーション元と語っているブリジット・バルドー。乱れた髪のフローレンス・ピューが、不意にブリジット・バルドーのイメージを纏うショットの美しさ!

スターを撮ることへの熱量という意味で、フローレンス・ピューと同じく旬の俳優といえるマーガレット・クアリーを撮ったオリビア・ワイルドの短編『Wake Up』(20)は、『ドント・ウォーリー・ダーリン』にも通じる傑作だ。

マーガレット・クアリーによるバレエ仕込みの身体のしなやかさを都市の風景の中にスケッチしていくこの短編には、本作と同じく平行世界が描かれている。カメラマンのマシュー・リバティークとは、この作品で初めて仕事をしている。そしてマシュー・リバティークは『ブラック・スワン』(11)のカメラマンでもある。『ブラック・スワン』も鏡の反射が魔術的に表象された作品だ。

新時代の抵抗するヒロイン

ミッドセンチュリー・デザインのインテリア、華やかなカクテルドレス、プールで開かれるパーティー、そして成功者の勲章であるかのように走るオープンカー。本作は、50年代アメリカ西海岸のユートピアをアメリカの悪夢として再構築する。

アナログレコードの回転からスタートするパーティーシーンに続き、砂漠で砂塵を巻き上げながら猛スピードでグルグルと回転する赤いオープンカーの俯瞰ショットが挿入される。そこにいるのは、幸せの絶頂にいるかのような若い恋人たち、ジャック(ハリー・スタイルズ)とアリス(フローレンス・ピュー)。

回転するレコード盤に続き、このショットで再び提示された「円形のイメージ」は、卵や眼球等、様々な物質に対象を変え、本作の大きなモチーフとなっていく。そしてこのモチーフこそが、カリフォルニアの眩しすぎる陽光を残酷な光線へと変化させていく。西海岸のユートピアに射す眩しすぎる光は、アメリカンドリームを叶えてくれる希望の光ではなくなっていく。

郊外の生活がSF的で残酷な共同体の相貌を露わにしていくという本作のプロットは、ブライアン・フォーブスが手掛けた『ステップフォード・ワイフ』(75)のプロットとよく似ている。

本作と同じく郊外を舞台にSFホラーのような趣きで、男性社会に都合の良い「理想の女性」を皮肉たっぷりに描いたフェミニズム映画だ。この映画のラストは「理想の妻」としてロボット化が完了した主人公ジョアンナ(キャサリン・ロス)の瞳のクローズアップで終わる。オリビア・ワイルドは、ジョアンナの瞳のクローズアップを拡大解釈、そして新時代の抵抗のヒロイン像としてアップデートするかのように『ドント・ウォーリー・ダーリン』を撮ったといえる。