Feb 18, 2023 column

『ボーンズ アンド オール』 夜を生きる恋人たち、傷の向こう側へ

A A
SHARE

(You Made It Feel Like) Home

マレンは父親を欺いて、こっそり家を抜け出す。同級生とのパーティーに向かうマレンを郊外の深い闇が包んでいる。魔女の徘徊。映画が始まって間もないこのシーンで、『ボーンズ アンド オール』は早くも不穏な雰囲気を纏っている。そして最初の事件が起こる。最初の事件の一部始終から分かることは、マレンのこうした事態は今回が初めてではないということだろう。マレンは父親に捨てられ、アメリカという荒野を徘徊する「魔女」となる。

リメイク版『サスペリア』(2018)で魔女のコミュニティや屋敷の記憶を描いてからのルカ・グァダニーノは、これらのイメージに惹かれている。『サスペリア』に続きミア・ゴスが出演、ジュリアン・ムーアやアルバ・ロルヴァケルを迎え、坂本龍一が音楽を務めたヴァレンティノとのコラボ短編『The Staggering Girl』(2019)における女性たちのダンスと屋敷の記憶。そして『ボーンズ アンド オール』におけるマレンとリーは、共にルカ・グァダニーノ作品におけるこの「魔女」の系譜に連なっている。

少年のような少女マレン。少女のような少年リー。共にジェンダーの規範から外れている。少なくとも「男性らしさ」や「女性らしさ」といった枠組みからは大きく外れている。そのことはアメリカの田舎町において疎外感を感じるのに充分な材料となるだろう。ルカ・グァダニーノは魔女、カニバリズムを、追放された者のメタファーにしている。

まだ10代のマレンとリーが、自分と同じ属性の、魅了されてしまうだけの相手を発見できた喜びを思うと胸が傷む。自分が何者であるか分からず、罪悪感すら感じながら生きている2人にとって、お互いの発見は「故郷」の発見に似ていたことだろう。トレント・レズナーとアッティカス・ロスによる本作のテーマ曲「(You Made It Feel Like) Home」の音色は、2人の感情を適確に表わしている。

痛みの記憶

ルカ・グァダニーノの映画において、生活の記憶は部屋の壁に宿る。マレンが初めて”同族”であるサリー(マーク・ライランス)に出会った際に侵入する家の壁には、この家で生きてきた人間の歴史が残されている。それは思い出の写真や小物といった具体的なものだけでなく、むしろ部屋の壁紙自体に記憶や温度が宿っているかのようなのだ。

あるいはリーの部屋の壁に貼られたポスターや、レコードコレクション。人物の背景にある「物の記憶」に本作はクローズアップしている。ゆえにマレンとリーが新生活を始めたばかりの白い壁には、まだ記憶がない。しかしこの部屋の壁や床もまた新たな記憶を宿すことになっていく。

「いつになれば他者の視線のなかに自分を見出すことができるのか?」
ーー ルカ・グァダニーノ

出典:『ボーンズ アンド オール』プレス資料

『ボーンズ アンド オール』は、痛みの記憶をボディに刻み付ける。若い2人は痛みの中に自分の姿を見つけようとする。たとえ身体でなくとも、誰かの魂の一部が自分の一部になることはロマンチックなことだ。しかしそれは不可能と隣り合わせのロマンでもある。リーの身体にできた無数の傷のように、生き残った者は傷を増やしていくことしかできないのかもしれない。心と体に残された傷。傷の温度。その触覚。マレンとリーが求める「故郷」は古い傷の記憶の彼方に宿る。恋人たちによる絶対的な約束が、そこにあるかのように。

『君の名前で僕を呼んで』(2017)の中で、人生を失いかねないほどの失恋をしてしまった少年エリオ(ティモシー・シャラメ)に対して、父親がアドバイスした言葉を思い出す。「痛みを葬るな、感じた喜びも忘れずに」。ルカ・グァダニーノとティモシー・シャラメは今もなお、この言葉の上を歩んでいる。

文 / 宮代大嗣

作品情報
映画『ボーンズ アンド オール』

生まれつき、人を喰べてしまう衝動をもった18歳のマレンは初めて、同じ秘密を抱えるリーという若者と出会う。人を喰べることに葛藤を抱えるマレンとリーは次第に惹かれ合うが、同族は喰わないと語る謎の男の存在が、2人を危険な逃避行へと加速させていく。

監督:ルカ・グァダニーノ

出演:ティモシー・シャラメ、テイラー・ラッセル、マーク・ライランス

配給:ワーナー・ブラザース映画

© 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All rights reserved.

公開中

公式サイト Bonesandall.jp