Nov 07, 2019 column

シェイクスピア史劇を大胆に翻案、Netflix映画『キング』が現代社会に問うこととは―

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『君の名前で僕を呼んで』(17年)で一躍ハリウッド最注目の美青年スターとなったティモシー・シャラメが、Netflixオリジナル作品の『キング』で、実在の英国王ヘンリー五世を熱演した。いや、この映画のヘンリー五世は歴史上の人物とは言えないかもしれない。本作はウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ヘンリー四世』と『ヘンリー五世』をベースにしつつ、俳優のジョエル・エジャートンと監督のデヴィッド・ミショッドが大胆なアレンジを加えたものだからだ。

キアヌも演じたヘンリー五世とは?

まず、史実のヘンリー五世とシェイクスピアの戯曲の関係性について説明しておきたい。ヘンリー五世は父ヘンリー四世の長男で、1413年に父が病死して25歳でイングランド王位を継いだ。父の代から続いていた内乱を収めると、支配権をめぐって百年戦争が続いていたフランスに侵攻し、フランスの王位継承者の指名を勝ち取ったが、1422年に遠征先のフランスで病没した。34歳だった。

『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』を含むシェイクスピアの歴史劇の大半は、基本的にラファエル・ホリンズヘッドが編纂した『年代記』の第二版(1587年)を元ネタにしている。しかし物語として成立させるためにさまざまな脚色が施されており、歴史劇というより“史実を題材にしたフィクション”と考えた方がいい。

戯曲『ヘンリー四世』において、ヘンリー五世はイングランド王ヘンリー四世の放蕩息子、ハル王子として登場する。巨漢の老騎士で追いはぎのフォルスタッフとつるみ、悪ふざけのような生活を送っているが、それも王位を継ぐまでのことだと割り切っていて、父王が死ぬとヘンリー五世として即位し、親友であり、時に父親のような存在でもあったフォルスタッフを追放するのである。そしてヘンリー五世が、かつての仲間との縁を断ち切り、イングランドの指導者としてフランスに侵攻するのが戯曲『ヘンリー五世』の物語となる。

『ヘンリー四世』のハル王子のエピソードを、そのまま現代に置き換えて引用したのがキアヌ・リーヴスとリヴァー・フェニックスが共演したガス・ヴァン・サント監督作『マイ・プライベート・アイダホ』(91年)だ。キアヌもリヴァーも男娼を演じているのだが、キアヌの役どころは市長の息子で、父の事業を継ぐべく、男娼仲間と別れを告げる。年若い男娼たちを束ね、彼らを搾取しながらも慕われているボブというキャラクターが、フォルスタッフの役割を果たしているのだ。

女王が愛した道化キャラ、フォルスタッフ

フォルスタッフはシェイクスピアが生み出した架空の人物だが、笑いを呼ぶ道化であり、権力や名誉を嘲る哲学者であり、シェイクスピアの時代から非常に人気が高い。史実かどうかは定かではないが、女王エリザベス1世は『ヘンリー四世』の舞台を観てフォルスタッフをおおいに気に入り、フォルスタッフが主人公の恋愛劇を所望したため、シェイクスピアは番外編的な『ウィンザーの陽気な女房たち』を書いたという逸話もある。

『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』(Blu-ray・DVD 発売中) ©Mr.Bongo Worldwide 2015 All Rights Reserved.

映画史上に残る傑作『市民ケーン』(41年)で知られるオーソン・ウェルズもフォルスタッフに並々ならぬ思いがあり、『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』(65年)という映画で監督兼主演を務めた。同作は『ヘンリー四世』ほかシェイクスピア作品から、主にフォルスタッフとハル王子に関わる部分を抜粋して構成され、『マイ・プライベート・アイダホ』と同様に王子のフォルスタッフとの訣別に焦点が絞られている。